脳の神経細胞が萎縮する認知症を総称して「変性型認知症」と呼びます。その代表はアルツハイマー型認知症です。前頭側頭葉変性症は、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症に続いて3番目に多い変性型認知症です。特に40~60代の若いうちから発症しやすい若年性認知症に限って言えば、前頭側頭葉変性症は、アルツハイマー型認知症に次いで2番目に多い変性性認知症です。
前頭側頭型認知症(代表はピック病)は、脳の前頭葉や側頭葉が萎縮する「前頭側頭葉変性症」のひとつです。初期はもの忘れが目立たないこともあり、家族は病気だと気づかず医療機関を受診しないことが多いようです。ここでは、前頭側頭型認知症の特徴について解説します。
監修医 プロフィール
笠間 睦(かさま あつし)
1958年生まれ 藤田保健衛生大学卒業、医学博士/日本認知症学会専門医・指導医/日本脳神経外科学会専門医/榊原白鳳病院 診療情報部長/脳ドックに携わる中で認知症の早期診断・早期治療の必要性を感じ、1996年全国初の「痴呆予防ドック」を開設。2010年から2015年にかけて朝日新聞の医療サイトアピタルにて「ひょっとして認知症?」を執筆
前頭側頭葉変性症とは
臨床的には95%がピック病
前頭側頭葉変性症は、前頭葉と側頭葉前部に病変が起こり、あきらかな人格変化、行動障害や言語障害を主徴とする変性性認知症を包括した概念です。前頭側頭葉変性症は、大別すると下記3パターンに分類されます。
種別 | 前頭側頭型認知症 | 進行性非流暢性失語 | 意味性認知症 | 症状 | ![]() |
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---|---|---|---|
特徴 | 社会のルールが分からない | 言葉の意味は分かるものの流暢に話せない | 言葉の意味が分からなくなる |
上記3パターンのうち、人格変化と行動障害が目立つ前頭側頭型認知症(代表はピック病)と、言葉の意味が理解できなくなる意味性認知症は、国の定める難病にも指定されています。出典:難病情報センター)
前頭側頭型認知症(ピック病)とは
前頭側頭型認知症は、前頭葉と側頭葉が萎縮する進行性の認知症です。前頭側頭型認知症の95%以上を占めるのがピック病です。これ以降は、前頭側頭型認知症のうち、中核的疾患であるピック病について解説します。
ピック病では、変性した神経細胞内にピック球とよばれる異常構造物が出現します。しかし、研究が進むにつれ、ピック球が見られなくても前頭葉や側頭葉に萎縮が見られる認知症があることがわかりました。ピック球が出現するのは、ピック病全体の約半数であり、ピック球の有無による臨床的な差はないとされています。
前頭側頭型認知症(ピック病)の症状
私たちが生活する上で、前頭葉は衝動的な反応を抑え、理性的なふるまいを保つ役割を担います。また、意欲や計画性をつかさどる場所でもあります。この前頭葉の機能が低下することで、さまざまな症状が起こります。認知症の代表的な症状である記憶障害・見当識障害はなくても、性格や行動に異変を感じたら要注意です。下記は、起こりやすい症状の一例です。
- 病識の欠如、無関心
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- 病初期より病識(病気の自覚)は欠如している
- 病感すらまったく失われていると感じられることも多い
- 他人の思考や感情を推察できないため、他者に対して無関心になる
- 脱抑制:社会のルールが分からなくなる
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- 注意の持続困難(落ち着きがない)
- 日常的な無感情と不意におとずれる感情の爆発
- 社会的な関係や周囲への配慮がみられない
- 関心がなくなると部屋から勝手に出ていく(立ち去り行動)
- 万引き、無銭飲食、放尿、本能や気分の赴くままふるまう
- カラオケのマイクを離さず、人に譲らない
- 過ちを指摘されても、悪気なく同じ行為を繰り返す
- 自発性の低下:物事に無関心、おっくうになる
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- 会話をしなくなる
- それまで読んでいた新聞や雑誌を読まなくなる
- 質問をしても真剣に考えず、すぐに「わからない」などと返事する(考え不精)
- 入浴を嫌がるようになり、無理に勧めると興奮がみられる
- 常同行動:同じ行為を繰り返す
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- 徘徊ではなく同じコースをひたすら歩く「周徊」
- 紙に同じ文字を書き続ける(同語の反復書字)
- 絶えず膝を手でこすり続けたり、手をパチパチと叩いたりする
- 毎日、決まった時間に散歩等、決まった行動をする(時刻表的生活)
- 易刺激性:周囲の言動に刺激を受けやすい
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- 相手の動きを無意識にまねる(模倣行為)
- 視覚に入ってきた看板の文字をいちいち読み上げる(脅迫的音読)
- 相手の言葉をそのままおうむ返しに応える(反響言語)
- 何かの文句につられて即座に歌を歌い出す
- 眼前に置かれた物品を指示なしに勝手に使用してしまう(使用行為)
- 食行動の異常:特定の食べ物に固執
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- 食欲の変化は、早期に認められる(食欲増加)
- チョコレートやジュースなど甘いものを毎日多量に飲食
- 十分に咀嚼せずに嚥下するため食事速度が速くなる
- 決まった少品目の食品や料理に固執する
- 記憶や見当識は保たれている
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- 最近の出来事はよく覚えている
- 日にちや時間、人の名前も間違えない
- 道や部屋などの場所は覚えている
他の病気と混同しやすいため誤診に注意!
症状が多岐に渡ることから、誤診されてしまうことも少なくありません。また、特に初期の頃は、記憶障害や見当識障害が目立たちにくく、脳萎縮も少ないことから、正しい診断を下すのが難しいと言われています。よくある誤診のケースは、下記の通りです。
- 統合失調症と誤診される
- 理性をコントロールすることがなできない脱抑制や、社会のルールを無視した行動が見られ点が、統合失調症や人格障害と似ていることから誤診されるケースです。
- うつ病と誤診される
- 自発性が低下して、物事に無関心になったり、自分から動こうとしないことから、うつ病と診断される場合もあります。記憶障害や見当識障害が目立ちにくいので、周囲も医師も疑わないケースです。
- 正常と診断される
- ピック病が原因で軽犯罪を起こしたとしても、知能検査の点数がよく脳萎縮も少ない場合、診断がつかないことがあります。中年から老年の分別盛りの時に万引きをした人の20%は、ピック病の可能性があると言われています。
本人に病気の自覚がないことも、ピック病の特徴です。家族や周囲の人が、よく症状を観察して把握し、医師に伝えましょう。
本来の優しさやユーモアは最期まで残る!
症状の一覧だけを見ると、人間としての人格を失ってしまったように変貌すると思われるかもしれません。しかし、もともと人間として持っていた優しさやユーモアは、完全に消えてしまうわけではありません。粗暴な態度が目立ちながらも、時折冗談を言ったり、愛嬌のある表情をしたり、感謝の気持ちをポロリと言葉にしてくれることもあります。
そうした本来の優しさやユーモアは、病気が相当進んだ時期になっても、持続することが少なくないといいます。優しさが保たれる医学的な根拠やメカニズムは不明ですが、前頭葉や扁桃体の機能に起因すると考える説もあるようです。介護者は、日々の生活の中で、本来の優しさを「発見」し、温かく見守れるよう工夫をしていけると良いですね。
接し方のポイント
接する上での注意したい点は下記の通りです。
- 反社会的行動は病気の症状のひとつと捉える
- ピック病が引き起こす、様々な困った行動を目にして「この人はもともと盗癖のある人なんだ」「低俗な人格な持ち主なんだ」と考えてしまう介護者は少なくありません。しかし、これらはあくまでも脳機能の障害です。運動麻痺や言語障害となんら変わらないことを理解して、本人を犯罪者のレッテルから守りましょう。
- 本人の行動パターンを先取りする
- 多くの場合、本人の行動がワンパターン化されます。万引きや無銭飲食など、言葉や力づくでやめさせようと注意するのは逆効果。本人に悪気がないので繰り返してしまいます。まずは、本人がよく行くお店や場所を把握しましょう。事前に先方に事情を話して、先にお金を渡しておく、あとでまとめて払う等の対応が必要です。集団行動が困難になる「立ち去り行動」がでたら、普段から興味のあるものを用意しておいて関心を引くことで落ち着くこともあります。
- 危険を伴う行動は毅然とした態度でやめさせる
- 歩道に飛び出す、暴力をふるう等、身の危険に関わる行動が続くようなら、毅然とした態度で臨むことも大切です。この時、中途半端な態度は禁物です。あいまいに笑ってごまかしたりすると、かえってエスカレートすることもあります。「それはだめです」「やめてください」と言葉でいさめると同時に、態度や表情でも介護者の意志をきちんと伝えましょう。たとえ言葉を理解できなくても、表情などを含む雰囲気の全体から意思が通じることもあります。
- 常同行動を上手に利用する
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病気が進行すると、一度決めた同じ行為を時刻表のようにきちんと繰り返す「常同行動」が目立つようになります。外からは退屈なように見えますが、本人にとっては精神の安定を保つ上で大切な行為です。これらを逆手にとって、規則正しい生活サイクルをまわすのに活かすこともできます。例えば、一日のスケジュールを紙に書いて壁などに貼っておき、散歩や食事などの時間ごとに声掛けをする、などです。しかし、一度決めたルールを急変更すると興奮させてしまうので注意しましょう。
また、自発性の低下が進行すると、入浴を嫌がるようになり、無理に勧めると興奮がみられる在宅介護が困難になることも多いです。それに備え入浴行為に問題がない病初期から、デイケア・デイサービスでの入浴を習慣化するとよいでしょう。自発性が低下してからも入浴が常同行動として定着し続け、長期間の在宅介護が可能になる場合もあります。
- なじみの人間関係をつくる
- 特に初期は、記憶力が比較的に保たれているので、デイサービスなどの介護施設でも職員やほかの利用者とのなじみの関係をつくりやすい時期です。出来るだけ同じ場所で、相性のいい同じ職員に対応してもらうことで、ご本人の安心につながります。ピック病は、周囲の環境変化に刺激されやすいので、安らげる人間関係や環境を早期につくっておくことが大切です。
- 過ごしやすい「いつもの空間」をキープする
- 騒がしい話し声や、見慣れないもの、広すぎる部屋、強い光、匂いなど、外からの刺激に敏感になりやすく、不快に感じると騒いだり、その場を立ち去ろうとすることが多くなります。できるだけ静かで刺激の少ない、落ち着いて過ごせる“いつもの”環境を用意しましょう。
- 食べ物を管理しておく
- 甘いものばかりを食べる、際限なく食べ続ける等の症状が出てきたら、肥満や糖尿病といった生活習慣病をおこさないよう、注意が必要です。言葉で注意しても繰り返してしまいますので、目のつく場所に必要以上の食べ物を置かない、むせたり窒息しないように食事時は見守る、等の工夫をしましょう。
前頭側頭型認知症の治療
残念ながら、現時点では根治的な治療薬は存在しません。それは、前頭側頭型認知症の発症原因の一つとして、アルツハイマー型認知症の要因でもあるタウタンパクの蓄積が挙げられますが、タウタンパクに対する根本的な治療法が確立していないためです。また、興奮や暴力、行動障害に対して抗精神病薬の投与を余儀なくされるケースも多く、他のタイプの認知症と比べても、治療が難しいといわれています。
薬物療法
根本治療は難しい前頭側頭型認知症ですが、周辺症状を落ち着かせる対処療法は存在します。近年は、抗うつ薬のSSRIが脱抑制や常動行動に有効だと報告されています。また、セロトニンの再吸収を阻害するトラゾドンも食行動異常や抑うつを改善するといいます。
また、興奮などを軽減するために抗精神病薬が使われることもあります。しかしながら、抗精神病薬の投薬は、高齢認知症患者の死亡率を高めるという報告がありますので、服用に際しては医師と相談の上、慎重な判断が必要です。
非薬物療法
行動障害を軽減するには、薬での治療だけでなく、病気の特徴を十分理解したうえでのケアやリハビリを行うことが大切です。
例えば、前頭側頭型認知症の特徴、常同行動を活用するルーティーン化療法は有効なケアのひとつです。いつも同じ時間、同じ場所で行動することを好む特性を利用して、散歩やカラオケなど、本人の趣向に合った好ましい作業を日課として固定化すると、続けやすくなります。
また、前頭側頭型認知症の場合、症状が相当進行するまで、記憶機能や見当識が比較的保たれています。そのため、行動上の危険性がない範囲でその行動をそのまま受け入れることで対処することもできます。(例えば、家を出て行ったとしても、迷子や事故に遭う心配が少なければそっとしておく、等)
前頭側頭型認知症の症候学 – 日本神経学会(2017年7月20日)
難病情報センター | 前頭側頭葉変性症(2017年7月20日)
前頭側頭型認知症 介護者・ご家族様へ 国立病院機構 菊池病院(2017年7月20日)
脳からみた認知症-ブルーバックス-伊古田-俊夫(著)(2017年7月20日)
認知症テキストブック|中外医学社, 2008(2017年7月20日)
ぜんぶわかる認知症の事典|成美堂, 2016(2017年7月20日)
前頭側頭葉変性症|BRAIN and NERVE Vol.61 No.11 , 医学書院, 2009(2017年7月20日)
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