ここでは、認知症の治療方法を紹介しています。残念ながら、現段階では、認知症を根本的に治療する方法は見つかっていません。(手術で治る認知症は除く)しかし、進行を遅くしたり、症状を改善・緩和する療法は世界各国で多数開発されています。既存の療法を大きく分けると、医療機関で処方される薬を使う薬物療法と薬を使わない非薬物療法(リハビリ療法)の2種類があります。
薬物療法とは
薬を使って、認知症の進行を遅くしたり、症状の改善・緩和をはかることを薬物療法と呼ばれます。現在、薬物療法は、認知症の中核症状(脳内で情報を伝える神経細胞)に働きかける抗認知症薬と、興奮や幻覚、不安などの周辺症状をコントロールする薬(精神安定薬、抗うつ薬、抗精神薬等)の2種類に分かれます。
抗認知症薬は、アリセプト、レミニール、メマリー、リバスタッチパッチ・イクセロンパッチの4種類が該当します。アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症に限って適応が認められています。これらの薬は、記憶障害の根本治療ではないものの、進行を少なくとも1年間ほど遅らせることができると言われています。
リハビリ療法とは
薬を使わず脳の認知機能を活性化させるリハビリ療法について、近年その効果に注目が集まっています。その種類は、回想法や芸術・絵画療法、音楽療法、運動療法、作業療法などその種類は多岐に渡り、全国の医療機関や介護施設で実践されています。次の章から、それぞれのリハビリ療法についてご紹介します。
回想法
回想法とは、認知症のリハビリ療法の一種でもあり、アメリカの精神科医ロバート・バトラー氏が「回想する過程は、しばしば癒す力の効用がある」と提唱した心理療法です。認知症で記憶障害が進んでいても、古い記憶は比較的最後まで保たれます。この記憶の特徴をうまく活用した方法といえるでしょう。
具体的には、特定のトークテーマについて、時には写真・歌・玩具等、過去を思い出しやすくする道具を使いながら、思い出を語ってもらうことで脳を刺激します。長期的に行うことで、認知機能改善・認知症の症状を遅らせることが報告されており(※1)、レクリエーションの一環として行っているグループホームもあります。
回想法の種類
回想法には、数人のグループで行う場合と、1対1の個人で行う場合の2種類があります。それぞれの特徴・目的についてまとめます。
種類 |
![]() 個人回想法 |
![]() グループ回想法 |
概要 | 1クール4回~10回(毎週1回が基本)1対1で行う | 1クール8回~10回(毎週1回または月に2回)6~8人くらいのグループで行う |
特徴 | 個性を尊重し、じっくりと向き合い傾聴する | 複数人で行うため、グループ全体で回想が深まり、お互いの関係性も深まる |
狙い | 参加者の生活の場で行えるため、プライベートな記憶に焦点をあてながら、深く掘り下げられる | 参加者同士のコミュニケーションがとれるので、孤立しがちな方の社交性を取り戻す効果がある |
回想法の方法
聞き手は回想法を円滑に進めるにあたり、参加者の情報を把握した上で質問します。参加者が抵抗なく話せるものにしなければ成立しないため、事前準備が大切です。
事前準備
- 参加者の個人情報(生年月日・出身地・家族構成・学歴・職歴等)と、触れられたくない話題を把握しておく
- その日の参加者の状態(視力・聴力・記憶力・体調・気分等)を確認し、参加が難しい場合は無理強いしない
- グループ形式の場合、参加者のプライバシーに関わるため、参加者同士で情報を共有していいか、ご本人・ご家族の同意を得ておく
- 参加者が話しやすい内容(テーマ)を選ぶ
テーマの決め方
参加者の幼児期・幼少期・青年期・壮年期の記憶や、お正月・お花見・お盆など季節・生活を重視した記憶からテーマを決めます。以下参考例です。
- 学生時代好きだった教科
- 初めて見たテレビ番組
- 10代の頃憧れてた俳優・女優
- 必ず入ってたおせち料理の品目
- 地元の桜の名所
- もらって嬉しかった誕生日プレゼント
なお、グループ回想法の場合は、参加者のバランスを見て共通性があるテーマを選定します。
テーマ例
- 写真を使う場合
参加者が小さい頃住んでいた地域の写真や、当時の有名人の写真などを出しながら、具体的な質問で問いかけます。
例)○○さんが生まれ育ったのはなんという町ですか?
- 歌を使う場合
季節に関連する童謡を流し、必要があれば歌詞カードを渡して一緒に歌います。歌い終わった後に、曲の中身について、参加者が答えやすいように質問する。
例)今歌われた歌は、どこで教わったんですか?学校ですか?
- 玩具を使う場合
参加者の前に玩具を置き、手に取ってもらった上で、玩具の名前や遊び方について質問します。
例)このふわふわした手触りの玩具、名前は何ていうのでしたっけ?遊び方を教えてくれませんか?
回想法を行うときの注意点
- あいまい(抽象的)な質問はしない
-
- 参加者が理解できない場合があります
- テーマが膨らまず、その後の話に繋がりにくくなります
- 回答を無理強いしない、訂正しない
-
- 過去を話すことに対して嫌な感情を抱いてしまいます
- 訂正されることで人格を否定されたと思ってしまいます
- 回想法実施を見送った方がいい方
-
- 重度の認知症の方
- 過去辛い経験をされたため、悲しい思い出を抱えていらっしゃる方
- 回想法を行っている最中に感情が高まり、泣いてしまった場合
-
- 一人にさせてしまうと見捨てられたという感情をうえつけてしまうため、席を立たずに参加者の気持ちが落ち着くまで待ちます
- 「ごめんなさい」など安易に謝ったりせず、参加者の思い出に寄り添うよう、快感情の共有に努めます
- 参加者に誤解を与えないよう、安易な肯定・否定はやめましょう
回想法の効果
回想法で得られる効果として、次のようなものが挙げられます。
- 心理的問題の解決
- 過去を語りながら記憶を取り戻すことで、自分自身を理解できるようになって、心が落ち着きます
- 認知症の予防・進行抑制
- 認知機能を刺激するコミュニケーションを行うことで、前頭葉が鍛えられます
- 人生に対する満足度や肯定感の向上
- 誰かに自分の過去の話を興味を持って聞いてもらうことで、自己肯定感が高まります
- 抑うつ感の改善
- 過去の楽しかった思い出を話すことで、塞ぎこんでいた気持ちが晴れ、精神の安定を得られます
- 対人交流の促進
- (主にグループ回想法で)他の人の思い出を聞き、共感し合える場があることで、交流の輪が広がります
回想法の研修、資格
回想法をより深く知りたい方向けに、全国で行われている研修・講座、そして習得出来る資格をご紹介します。
心療回想士(日本回想療法学会)
回想法の技法を習得する講座を修了するともらえる民間資格です。回想法におけるインタビュー技術を身につけることが出来ます。
認知症ライフパートナー
回想法をはじめ、色々な療法アクティビティ全般を知る民間資格です。3級(基礎)・2級(応用)・1級(リーダー養成)とあるため、自身のレベルに沿って受講出来ます。
今回紹介した回想法は、過去や習慣を知ることで今後のケアにも活用出来る心理療法です。また、思い出を語りコミュニケーションを取ることで、信頼関係を築くことも期待されてるので、日々の生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。
学習療法
学習療法とは、簡単な計算問題や文章の音読など教材を利用して、認知症高齢者とスタッフがコミュニケーションを取りながら行う非薬物療法です。東北大学の川島隆太教授の研究で、簡単な問題を解いているとき、脳の前頭前野がもっとも活性化することが実証されています。難しい問題をひたすら考え解いていくのではなく、楽しくコミュニケーションを取りながら簡単な問題を解くことが学習療法の特徴です。
学習療法で活性化する前頭前野とは?
前頭前野は前頭連合野とも呼ばれ、思考や創造性を担う脳の司令塔であると考えられています。また、老化に伴う機能低下が早く起こる部位の一つでもあります。日常生活を送るにあたり、前頭前野が担っている主な働きは以下の7つです。
- 考える
- コミュニケーションをとる
- 意識を集中させ、意思決定をする
- 感情や行動を制御する
- 記憶をコントロールする
- 注意力を分散し危険回避する
- 意欲を出す
学習療法は前頭前野を活性化させ、認知機能の維持・改善を図ることを目的としています。
認知機能改善に適している理由とは?
読み書きや簡単な計算が脳のトレーニングとなり、作動記憶(ワーキングメモリー)(※)を鍛えることができます。作動記憶を鍛えることにより、さまざまな情報を記憶した上で、物事を対処することができるようになります。さらに、その他の能力(暗記力・計算力等)も一緒に伸びやすいことが確かめられているため、認知機能の改善に適しています。
短期記憶の一種。例えば、買い物などお手伝いを頼まれた際に、一旦記憶し、それを改めてメモする場面で使われる記憶力のこと。なお、覚えた記憶はその場面が終われば忘れられてしまう。
学習療法の種類
教材を用いた計算問題と文章の読み書き、すうじ盤を用いた駒並べがあります。計算問題は6つのレベル、文章の読み書きとすうじ盤は3つのレベルから選びます。
計算問題

レベル1 | 10までの数の読み書き |
レベル2 | たし算(たし算の合計が10まで) |
レベル3 | たし算の暗算(利用する最大数字が5まで) |
レベル4 | たし算の暗算(利用する最大数字が9まで) |
レベル5 | たし算とひき算の筆算 |
レベル6 | 九九やかけ算の筆算 |
文章の読み書き

レベル1 | 簡単な単語からことわざ、童謡の音読 |
レベル2 | 会話文、昭和時代の暮らし・道具・仕事・できごとなどの音読と見写し書き |
レベル3 | やさしい文学作品の音読、読み取り、漢字ことばの書き |
すうじ盤

レベル1 | 1~30の駒を並べる |
レベル2 | 1~50の駒を並べる |
レベル3 | 1~100の駒を並べる |
※認知症高齢者に対しては、主にレベル1か2を用いる。
学習療法の方法
- 1.実施する利用者2名を選ぶ
- 認知機能の度合いや、同レベルの学習回答を得られる方ですとコミュニケーションが取りやすくなります(重度の認知症の方の場合は1対1で行う)
- 2.教材を用意する
- 利用者のレベルに合った、計算問題・文章の読み書きの問題集、すうじ盤を用意します
- 3.学習時間を設定する
- 学習時間は、各教科(計算問題・文章の読み書き・すうじ盤)5~10分を目安に、始まりの挨拶から終わりの退席まで30分以内になるよう調整します
- 4.回答用紙を渡す
- 日付・名前・時間は必ず利用者に記載いただいてください
- 5.回答結果を言う
- 利用者が問題を説いたらその場で採点をし、大きく「100点」と書くところを本人に見せ、達成感を感じさせます
- 6.学習結果のフィードバックを行う
- 「今日はいつもより早く解けましたね」「間違いが1つもないなんてすごいですね」など、褒めることを心がけます
- 7.コミュニケーションの時間を設ける
- 学習教材を通して、「小学校ではどの教科が好きでしたか?」「勉強は得意でしたか?」等、利用者が話しやすいように質問して会話を楽しみます
学習療法を行うときの注意点
- できる限り継続して行う
- 短時間でもよいので、毎日継続して行うことにより、より高い効果が得られます
- 重度の認知症の方でない限り、必ず2人の利用者で行う
- 学習療法にはコミュニケーションの時間も含まれてます。2人で一緒に学習し、お互いに感想を言い合うことで、より前頭前野が活性化します
- レベルの合った教材を選ぶ
- 脳の前頭前野が活性化するのは簡単な問題をスラスラ解いているときのため、難しい教材だと効果が期待できません。また、問題が解けないことで利用者が苦手意識を持ち、次回以降参加しにくくなる可能性があります
- 答えが間違っていた場合はすぐ採点しない
- 回答を見直してもらい、正解するまで繰り返します。間違っていても怒ったり、「なんでわからないのですか?」など言わないよう注意してください。学習療法に対して、怒られるイメージを持ち、自分自身を否定されたと受け止められてしまいます
学習療法で得られる効果
学習療法を行う利用者はもちろんのこと、介護スタッフへも効果があります。
認知症高齢者への効果
- 前頭前野の活性化
- 前頭前野にかかわる能力が回復し、話す言葉が明瞭になる
- 精神状態の安定
- 継続的に褒められることで、自身の存在を認められていることが認識でき、精神状態の安定が図れる
- 認知機能の改善
- 学習療法を実施した認知症高齢者は実施していない人に比べて、MMSE(認知症の簡易判定検査)の点数が維持もしく向上している
参照元:公文学習療法センターHPより
介護スタッフへの効果
- 信頼関係の構築
- コミュニケーションの時間を取ることにより、その人の過去や思いを知ることができ、尊敬の念が自然と芽生えてきます。また、介護スタッフが興味をもって話を聞いてくれていると認識することで、信頼関係がより強固なものになります。
- 観察力・報告力の向上
- 利用者と向き合う時間を作ることにより、観察力がつき、気付きをケアに生かすことができます。また、学習療法を日報に起こし、ケア提供者全員で共有することにより、利用者の人なりを理解しやすくなります。
KUMON|学習療法センター
タッチセラピー・タクティールケア
文字通り「触れる」ことで心の落ち着きを取り戻すことを目的とした療法です。不安や焦り、抗鬱、攻撃的言動、不眠といった周辺症状を抑えたり、和らげたりできると言われています。
認知症の周辺症状がやわらぐ!タッチセラピーとは
関連記事:足浴×タクティールケアで認知症の暴言がなくなった話
アロマテラピー療法
他の脳神経より高い再生能力を持っている嗅神経を刺激することで、認知機能を活性化させるアプローチです。適切な香りと効果的な刺激があれば機能が回復しやすい特性を持ちます。
関連記事:アロマテラピーが認知症進行防止になぜ効果的なのか
運動療法
身体の全体または一部を動かすことで、認知機能を刺激し、脳機能の回復を目指す療法です。食欲の増進や睡眠の改善が期待でき、糖尿病などの生活習慣病を予防する方法としても有効です。
関連記事:記憶力を鍛える「コグニサイズ」とは
関連記事:なぜ「歩く」ことが認知症進行防止につながるのか?
音楽療法
音楽を楽しむことで心身をリラックスさせ、認知機能を改善する療法。治療の一環として、音楽療法士が音楽を認知症の本人と共有することで、心身の健康の回復、向上を促します。
関連記事:認知症の人の記憶を呼び戻す「音楽療法」とは?
療法よりも日々の接し方が大切
さまざまな療法を紹介してきましたが、なにより肝心なのは、介護にあたる人の接し方です。現状では記憶障害や見当識障害といった中核症状を完治する方法は見つかっていません。ただ、徘徊や暴言、暴力といった、周辺症状と呼ばれる症状は、ケア次第で大幅に改善することが、各国の臨床実験からも分かってきています。日本でも広まりつつある、代表的な認知症ケアは、下記の3つです。
見る、触れる、立つ、話しかけるケア「ユマニチュード」
傾聴と共感の認知症ケア「バリデーション療法」
本人の人間性を尊重する「パーソン・センタード・ケア」
ケア手法は異なりますが、3つのケアに共通して言えるのが、“認知症の人の立場に立って考える”ケアのスタンスが基盤になっていること。こうしたケアが徹底されれば、認知機能の障害は止められなくても、日々の生活を穏やかに過ごすことは可能なのです。