笑って父ちゃん!漫談みたいな楽しいリハビリ編

「ぼ・ん・さ・ん・が・へ・を・こ・い・た」
父とリハビリ中の理学療法士(PT)さんの掛け声です。
もちろんほんとは
「1・2・3・4・5・6・7・8・9・10」
なんだと思います。でも、我が家ではいつもぼんさんがへをこいたなんです。

掛け声ひとつでも、リハビリへの気持ちはかわっちゃうのです。だって、楽しくなくっちゃ。認知症のある父には頑張ってリハビリするなんてできませんから。「やってみよう」って気持ちになることがまず大事なんです。

だからね。我が家のリハビリ、いつも楽しいです。笑えます。でも、最初から楽しくできていたわけではないのです。いろいろな出来事を踏み越えて、今があります。そんな父のリハビリについて書いてみようと思います。

最初はリハビリを楽しみにしていた父

父は平成17年の脳梗塞後、左片麻痺があり車椅子生活です。麻痺のある左手足は何もしなければ動かないままだし動けなくなってしまう。
だから、ずっとリハビリが必要です。

脳梗塞の急性期の治療が終わると、一般的にはリハビリ病院への転院になります。でも父は、リハビリ適応外といわれできませんでした。

  • じっとしていられない
  • リハビリへの意欲がない
  • 危険な行動が多い

との理由です。

なので、退院後最初のリハビリは病院への通院リハビリでした。この時期は、退院して父自身も落ち着き、身体もどんどん回復していたので父自身もリハビリに出かけるのを楽しみにしていました。

集団の中で行うリハビリに苛立ち、大声、暴力…

病院での通院リハビリが終わると介護保険の通所リハビリに変わりました。この頃から、だんだんリハビリの継続が難しくなっていきました。

思うようによくならない身体へのいらだち。
リハビリの意味がわからない。
集団の中で待てない。

父は大声をだしたり介助してくださるPTさんに暴力を振るうようになっていきました。リハビリは無理といわれることにはとても悲しいものがありました。残念ですが、通所でのリハビリの限界でした。

ようやく辿り着いた、漫談のような楽しいリハビリの形!

次は訪問のリハビリに切り替えました。これが大正解でした。リハビリというとトレーニングというイメージがあるかもしれませんが、我が家は漫談みたいです。

掛け声は、最初に書いた「ぼんさんがへをこいた」

まずベッド上で、関節をほぐしてもらいます。おもわずほんとにへ!がでたりして大笑い。その後車椅子に移乗して身体ほぐしのボール投げ。的は、PTさんご自身。片道ドッジボールですね。ただのボール投げではないですから。

楽しいですよ。父、必死で全身の力で投げますよ。腹筋、背筋、総動員です。立ち上がるための身体づくりに自然となっています。愛犬も参加します。父の投げたボールをくわえてきてくれます。

身体ほぐしのあとは、全介助で数歩ずつですが何度か歩きます。歩くといっても自力では無理ですからPTさんに抱えてもらっての歩行です。他動的ではあっても、立って動く。動けることの意味はとっても大きい。

今も車椅子全介助での移動ですがトイレで排泄できているのはずっと続けてきたリハビリのおかげだと思っています。

オーダーメイドのリハビリに感謝

目的は、父が父らしく生きられるための身体の維持。寝たきりで動かない身体では、父のしたいことできなくなってしまいますからね。方法は漫談みたいですが。

目的にたどり着く方法はいろいろあっていいんだと思うのです。

心が動くと身体が動くを自然と実践してくださっているPTさん。専門性を前面にだされないけど。遊んでるだけみたいだけど、ちゃんと目的に向かってるんですよ。

父のためだけのリハビリ。
オーダーメイドのリハビリ。

出会えたことに感謝です。
私もしっかり付き合っていきたいと思います。

お父さん、娘リハビリも同時進行ですからね。
楽しくワハハでやっていこうね。

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すーちゃん
1966年生まれ。仕事をしながらの両親ダブル介護を経て、2006年に介護離職。現在は2005年に心原性脳梗塞になった83歳の父(脳血管性認知症 要介護5)を在宅介護中です。シングル介護なので大変も多いけど、父を笑かすことが私の楽しみだったりします。細々と、ブログ「笑って 父ちゃん」で父娘のドタバタな日常を綴っています。★プロフィール写真は、父が私を描いてくれたものです。

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