「症状」と一括りにしていませんか?真実は症状の「理由」にある!

by 小森亜希子小森亜希子 3026views

春が近づいてくる今日この頃、いかがお過ごしですか?暖かい日差しに誘われる様に冬の歌から春の歌に変わる季節になりました。今回は、音楽療法を通して感じた相手の気持ちを考えることの大切さを、私の体験談と合わせてお話いたします。

認知症の方がしっかりしていると感じること

施設の中で異動があり所属部署が変わるということがありました。所属が変わったことで入所部門のご利用者様の日常の過ごし方を知ったり、音楽療法以外の時間をご利用者様と過ごすことができたり、他部署との情報共有がスムーズになりました。
異動して1週間が過ぎたある日、上司が「最近どう?」と声をかけて下さいました。


小森
ご入所されているみなさんの普段の姿と、音楽療法時の姿が違うのです。認知症が意外と進んでるんだなぁと思いました

上司
音楽療法のとき、しっかりしているような反応をしているのであれば、それが音楽療法の持つ力なんだね!

私は、この言葉を聞いたとき、「なんで音楽療法の時は、皆さんがしっかりしているように感じたんだろう?」と疑問に思いました。皆さんはなぜだと思いますか?

行動と気持ち

ここでAさんのお話をご紹介したいと思います。Aさんは、アルツハイマー型認知症を患っています。言葉の表出はありますが、ご自身のことを長い文章で伝えることはできなく、スタッフからの言葉での話しかけも理解できるときと理解できないときがあります。

また、集中が長く続かず、ウロウロと歩き回ることも多い方です。夕方になると、「わからなくなった。帰りたい。」と悲しい気持ちになって歩き出すことが多くなる日もあります。そんなAさんは、文字を読むことはできないですが、音楽はお好きなので、音楽療法ではよく大きな声で歌を歌っていらっしゃいます。

そして、楽器を鳴らす活動でも、楽器を逆さまに持っていることもありますが、積極的に演奏をして下さいます。「タン、タン、タン」という規則的なリズムもあれば、伴奏に合わせるように「タン、タタタン」と細かいリズムを刻まれることもあります。(タの所で手をたたいてみて下さい。後半の方が手をたたく頻度が多くなると思います)

簡単なことと思われるかもしれませんが、認知症を患っている方にとって、歌いながら楽器を鳴らすことは難しく、規則的なリズムではなく、細かいリズムを刻むことはもっと難しいことです。なぜならば、歌うことと楽器を鳴らすことを同時に行うことは、脳の様々な部分を活用する必要があるからです。そして、Aさんは音楽療法中、お茶目な様子を見せながらすてきな笑顔を見せて下さいます。

ある日、Aさんは、いつものように午前中の音楽療法に参加していました。そしてその日の午後、Aさんは悲しい気持ちになられたのか、室内を、「わからない。私はだめなんだ。帰りたい。」とウロウロさまよいながら歩いていました。午前中の様子をたまたま見ていたスタッフが私に、「太鼓を持ってきて欲しい」と声をかけました。

午前中、上手に太鼓をたたいていたから、太鼓をたたきながら好きな歌を歌えば元気が出るのでは…と考えたようです。ところが、スタッフが太鼓を鳴らし出すとAさんは「私は嫌だ。」と立ち上がり、歩き出してしまいます。

なぜ、このような事が起きたのでしょうか?午前中は、楽しそうに太鼓をたたいていました。でも、午後になると太鼓は嫌だというAさん。午前中と午後で大きく違うのは、Aさんの気持ちではないでしょうか?

気持ちに寄り添うこと

「わからない」「だめ」「帰りたい」というネガティブな感情に対して、太鼓の音がポジティブな音だったため、Aさんの気持ちにうまくマッチしなかったのだと私は考えます。これは、「同質の原理」というもので音楽療法の中では、たびたび登場する考え方です。

「同質の原理」とは聴き手の気分やテンポに合った音楽を与えることで、精神的に良い方向へ向かわせようとする手法です。

人間は自分が悲しいとき、誰かが自分の悲しみに共感してくれると安心感を覚えます。失恋をしたときに失恋ソングを聞いたり、歌ったりすることはありませんか?これは、自分の気持ちと歌詞がマッチングすることで安心感がわき、その事実を受け入れやすくなるからです。そして、心の傷を早く回復させることができると考えられています。

しかし、暗い気分だからといって暗い曲ばかりを聴いていても、自分の気持ちが上に向いていかないこともあります。そんなときは、暗い曲から、明るい曲に転換させる必要があります。今回のように、急に正反対な音を提示することは、かえってストレスになることもあるのです。Aさんからすると、「私の気持ちは理解してもらえていない」と安心感を得るのではなく、怒ってしまったのではないでしょうか?

日々の忙しさでつい埋もれていくこと

日々仕事に向き合う中で、忙しさに追われ、認知症を患っている当事者を置き去りにしてしまっていることは、残念ながらよくあることだと思います。本当は、そんなことは起きてはいけないのだけれど、私たちも人間です。

自分のペースで仕事をし、思い通りに進む方が気持ちは楽です。しかし、物理的に時間が足りないこと、忙しくて手が回らないこともあるでしょう。認知症介護の中で、認知症の方の動きに振り回されることが、介護者のストレスの元になっていると私は思っています。

ウロウロと歩き回る認知症を患っている方は、「わからなくなった。どうしよう…」と歩かれているかもしれません。「買い物に行かなくちゃ」と歩いているかもしれません。「トイレはどこだろう」と歩いているかもしれません。

〝歩いている〟という事実が〝何で歩いているんだろう〟と考える真実を埋もれさせてしまっているのではないでしょうか。

気持ちに寄り添うこととは?

さて、「認知症の方がしっかりしている」と私が感じた理由ですが、音楽療法中は、「認知症」というフィルターを通して利用者さんを見ていないことが理由の一つに挙げられると思います。私は、音楽療法の中では、その人自身の表出するすべてを受容するように心がけています。

人間は、とっても音楽的な存在です。たとえ、大きな声を上げていても、力強すぎる音を出していてもすべてを融合させて音楽を作り上げるようにしています。〝自分自身を受け入れてもらっている〟と感じられる環境を提供することが〝気持ちに寄り添うこと〟につながるのではないでしょうか。

前回記事:介護職は一方的な感情労働ではない!認知症高齢者の声に救われる日々

The following two tabs change content below.
小森亜希子

小森亜希子

大学、大学院と音楽療法について学んだ後、認知症対応型グループホームに勤務。認知症の方とのコミュニケーションの取り方や終末期について多くのことを学び、音楽が様々な記憶と結びついていること、気持ちを落ち着かせるために有効であることを実感。認知症介護実践者研修、認知症介護実践者リーダー研修を終了。現在、介護老人保健施設で介護業務に携わりながら、音楽療法の効果をケアに結びつける具体的な手段を模索中。同居しているアルツハイマー型認知症の祖母(96歳)と出かけることが日課。【保有資格】日本音楽療法学会認定音楽療法士、介護福祉士
介護のお仕事

Facebookコメント