自立支援のために必要なアプローチ「Re-habilitation」を知る

ご高齢者や認知症が進んだかたにも楽しんでいただける音楽会、「音楽の花束」を主催しておりますGOTOです。

デイサービスに来られる男性で、「腰が痛い」と動くのを嫌がるかたがいます。立ち上がりたくないからと、食事前の手洗いはもちろん排泄に行くのも嫌がり、リハビリに参加するのも嫌がる。

スタッフ間では「あの方はお手洗い誘導ができなくて困る」「リハビリができなくて困る」という認識がありました。介護現場でよく耳にする言葉ですが、「自立支援の場」においては、「本当に困っているのは誰で、それはなぜなのか」を考えるのが本質です。スタッフ側がやりたいことができなくて困る、とう考え方は間違っています。

今回は、この腰が痛い男性にどういうアプローチを行ったかというお話しです。

頑として動かない男性

男性は接客、サービスに関わるお仕事で地位を極めた方で、周りにいる女性たちにちょっとエッチな冗談を言ったりして笑わせ、いつも座の中心になるような方です。一方で、多くの従業員を持った経験からか、礼儀をわきまえないスタッフには手厳しく、やりたくないことは頑として「俺はやらないよ」と梃子でも動かない方でした。

手の洗浄だけでしたら、アルコール消毒である程度補えますが、排尿に関しては尿臭、衣類汚れなどの問題が出てきます。長引けば、皮膚の疾病等にも繋がります。さらにリハビリ運動ができなければ、この方の状態はどんどん悪くなってしまいます。わたしたちは、男性をふさわしい状態に戻す、つまり「Re-habilitation」するにはどうしたらよいかを考えました。

アセスメントの取り直しで見えてきた本質

まずは、アセスメントの取り直しです。これまでは、奥様と自宅で過ごすことが多く、「家が快適」という情報が記録されていたのですが、改めて取ったアセスメントでは、散歩がてら歩いて買い物に行きたい、国内旅行に行きたいという気持ちを持っておられることが引き出されました。   

またこの過程でスタッフが、日ごろ快活なこの方が何かのきっかけで不機嫌になり、否定的な言葉を言うようになるということに気づきました。観察すると、スタッフが「友達口調」や「強い口調」で話しかけるとサッと顔色が変わり、「行かない」「やらない」となることがわかりました。これには経営サイドが猛省しました。

お客様だけでなくご家族様、ケアマネさんに対しても丁寧な態度で接することができなければ、「支えたい」「手伝いたい」という思いは伝わらなくなります。徹底した接遇の見直しを行うことで、「初めて自分たちの理想とする自立支援ができるのだ」と、スタッフと何度も話し合いました。

次に、理学療法士が身体状況、特に腰痛について最新の評価を出し、丁寧なケアカンファレンスを行いました。こうしてスタッフ一丸となって立てた目標が、「買い物や旅行に歩いていきたい」という希望を叶えていくための個別機能訓練のプログラム作成へと結びついていきました。

さらに必要と思われる「椅子からの立ち上がり動作」や「腰痛緩和体操」について、理学療法士の研修を設け、すべてのスタッフが対応できるようにしました。

自立サポートシステムとは?

一方で、音楽でも様々なアプローチをしていきました。

デイサービス「空の花 高井戸」でGOTOが行っている音楽支援は、「自立サポートシステム」と名付けています。音楽の持っている特性を生かしてお客様の心を開き、スタッフも含めた皆の心を繋ぐことで自立支援をより促進し、施設に関わる全ての人のQOLを高めていくというものです。

この方の場合、音楽を聴いて楽しまれたり、リズムを取ったりされますが、声を出して歌うことはありません。GOTOをはじめ、スタッフに対して探るような雰囲気で、距離を保っておられるようです。実のところ、GOTOは歩行介助の時に女性スタッフの腕や肩に「余分に」触れたがるこの方への対応に困っていました。

しかし歩行介助はこの方にとって一番大切なはずです。その場面で敬遠するようなことではいけないと思い、まずは歩行介助について徹底的に勉強してみました。腕や肩に頼らずに歩行できる方法と、そうした方が身体機能の回復につながるという具体的根拠を理学療法士から学び、きちんと伝えられるようにしました。そして、スタッフ同士共有し、できるだけ同じ方法で対応するよう心がけていきました。

すると男性は、「なんだ、俺は手なんて洗わなくてもいいんだ」と言いながらも、立ち上がって洗面所に行く回数がどんどん増えました。同時に音楽レクの時間、歌い終わると拍手をし、「いい歌だね」と共感を示されることが増えてきたのです。わたしたちスタッフに、少しずつ心をゆだねてくださるようになったのを感じました。

そしてある日のレクの時間、1曲目に恋の歌を歌い、皆さんに恋の思い出をお尋ねしたところ、「俺はいっぱいあり過ぎて忘れちゃったよ!」と、陽気に応えてくださいました。「それでは思い出の恋の歌はありますか」と伺ったところ、「あったような気がするけど忘れちゃった」とのこと。

実はこの頃から、認知力低下が少しずつ進み、お手洗いの場所が分からなくなることがしばしばありました。プライドの高いこの方は、「思い出せない」ということを言いたくなかったはずです。それをご自分からお話しくださった。この瞬間のGOTOの心中は「来た!」という感じです。

すかさず、「皆さんで恋を歌った曲を探して歌ってみましょう」と、他の利用者さまやスタッフにもリクエストを聞いたり、歌集を辿ったりし、「月がとっても青いから」「恋の季節」などの昭和の歌から、「金色夜叉」「ゴンドラの歌」といった大正時代のものまで歌いました。

古い歌であればあるほど、歌詞を提示せずゆっくり一緒に歌いながら歌詞を思い出す、その過程が認知機能に大いに働きかけます。加えて「ラブレターをもらったことがあった」「こっちは好きでもないのに嫁にほしいと言われて断ったひとがいた」「思い思われていたのに、親に反対され一緒になれなかったひとがいる」等々…、記憶の彼方から蘇る素敵な恋のエピソードが次々と語られます。眠っていた脳神経が再びつながる瞬間です。そしてその先にこそ、「自立サポートシステム」の真骨頂があります。

高齢者同士の繋がりを紡ぐ

歌を通じて「打ち明け話」をしながら、人は互いに心を開き、親しみを増していく、この時間をGOTOはもっとも大切にしているのです。男性はこの時破顔され、「俺は女を振り払って振り払って、それはもう大変だったよ」などと冗談を言いながら、皆さんの「恋バナ」を楽しまれました。

そしてその後、日を追ってみるみる打ち解けて来られ、スタッフへの信頼も次第に厚くなり、歩行訓練や立ち上がり動作の練習に参加する回数がぐっと増えていきました。他の利用者さまから、「あの方は誇り高い方ね、でも努力されているわ」「腰が痛いのですね、がんばって」と、優しい言葉を掛けられることが増えました。

ご家族とも連携を深め、朝の痛みの状態や痛み止めの服薬情報などをこまめにいただくことにより、声掛けがよりスムーズになりました。そこに関わる全ての人がより「その人らしく」、幸せに近づいているのを感じます。

さいごに

現在この方は、立ち上がり動作や屋内外の歩行や段差昇降などの声掛けに、その日の痛みにもよりますが、「やるの?」と気軽に返事をされて取り組まれています。場所認識が難しくはあるものの、洗面所までの歩行は以前と比較してかなりスムーズになり、奥様と不安なくお買い物に出歩くことができるよう、支援を継続しています。

音楽にできる事はまだまだある。GOTOの模索は続きます。次回もどうぞお付き合いください。

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後藤 京子(GOTO)
「音楽の花束」代表。星美学園短期大学講師。東京音楽大学卒、同大学第2副科オルガン専攻修了、邦楽演奏コース長唄三味線専攻修了。1986年日本ピアノコンクール全国大会第3位、受賞記念演奏会出演、1987年読売新人演奏会出演。NHK邦楽技能者育成会に学ぶ。短大西洋音楽史講師、小学校音楽科教諭を経て2004年より「音楽の花束」のプロデュース活動を始める。2015年きらめき認知症シスター(きらめき認知症トレーナー協会認定)取得。カトリック東京カテドラル関口教会オルガニスト。デイサービス「空の花 高井戸」取締役副社長。>>公式サイトへのリンクはこちら「音楽の花束」
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