笑って父ちゃん!脳血管性認知症の介護体験談~入院と訪問診療~

by すーちゃんすーちゃん 5558views

脳血管性認知症で要介護5、83歳の父をシングル介護しているすーちゃんです。嚥下障害がある父は、今まで何度も誤嚥性肺炎になっています。胃ろうをすすめられていた10年前は、毎月のように熱をだしていました。

そこで、治療のために入院するのですが、ほんとに大変でした。不穏という言葉は嫌いなんですけど、まさに不穏と言うしかない状態になってしまうのです。父の入院を通して経験したこと、そして、現在お世話になっている訪問診療について、今回書いてみたいと思います。

父、誤嚥性肺炎で入院する

まず、一般的な話になってしまうのですが、誤嚥性肺炎で入院すると、絶食を余儀なくされ、24時間点滴となります。父は、どちらも我慢ができません。

「めしや。めしまだか?」
と、看護師さんが通るたびに聞いてみたり、
「これ取ってくれ」
と、点滴をはずしてほしいとせまります。

しんどいけど起き上がろうとします。じっとしていません。左半身に麻痺があるうえ、熱でふらふらですから危ない、危ない。身体を支えようと手をだすと、おもいっきりひっかかれます。普段、そんなことでひっかいたりしないのですが、倒れそうとか危ないとかもわからないくらいのパニックになってしまっているのです。

抑制帯とミトンの使用承諾書にサイン

ベッド上の安静指示がでていて、トイレも行けません。普段は布パンツの父に、おむつがあてられます。嫌がる父は、おむつをひきちぎります。ベッドのまわりは、破れたおむつのポリマーが飛び散りえらいことになります。

そんな状態なので、病院側から抑制についてのお話と、承諾書のサインを求められます。安全を守るためという名目で。父のお腹には抑制帯、手にはミトンがつけられました。

父にとって、嫌なものは嫌ですからね。「我慢なんかしてたまるか!」なのです。ベッドから動けなくなると、叫びだします。叫びだすと、他の患者さんにご迷惑です。みなさん、安静と治療の必要な方ばかりですからね。

付き添うことを条件に入院を継続

入院の継続は不可能という病院の判断で、「今から退院してください」と、いきなり言われて連れて帰ったこともあります。でも、そんなことになっては大変。肺炎を治すことが一番。そこで、家族が24時間の付き添いをするという条件で、治療の継続をお願いしました。

家族、といっても私一人しかいないのですがね。暴れる原因は除去できない。でも、父に静かにしてもらわないといけない。付き添いは、それは大変です。自分のトイレに離れることも、なかなかできない状態でした。

「絶対、元気になって家に一緒に帰るんだ」

ただ、その思いで、父と頑張りました。

家族が側につくことで、抑制ははずしてもらいました。それと、ベッド上の安静が難しいことも医師に伝え、車椅子移乗の許可をもらいました。点滴台と車椅子をつないで、病棟の中を父が寝るというまで周回しました。

ナースステーションの横を通る時には、看護師さんに手を振るのが楽しみになりました。なんだか名物おじいさんになりそうな頃、退院の許可がでました。

病院側に渋られ訪問診療へ

そんな入院生活も、毎度毎度になると、病院は入院を渋るようになってきました。片身の狭い想いでした。ある時、一般病院での入院はもう難しいと言われました。認知症の深い父は、病気の治療もできないのかと悲しくなりました。

でもね。ちゃんと治療を受けられる方法がありました。しかも、いつも通りの生活を自宅でしながら。医師や看護師が家に来てくれる訪問診療です。

急変時など、「私一人で大丈夫なのか?」と不安でいっぱいでしたが、お願いして大正解でした。24時間、医師に連絡することができるため、何かあったときは医師や看護師さんがかけつけてくださいます。なにより、病院のときみたいに周りに気を使うことはありません。家ですからね。大声だしても大丈夫。身体拘束もありません。

今年、お正月に熱をだした父。肺炎でした。ここ何年かは、半年に一度ぐらい肺炎になっています。元旦も看護師さんが来てくださって点滴です。長時間じっとしていられない父にあわせて、短時間で終われるように考えてくださいます。不安なことはきちんと話を聞いてくださいます。なにより、家に来てくださってる間は、父だけのお医者さん、看護師さんですからね。父も安心しています。私も安心です。

出会いは本当に大切

肺炎になって何日かは、夜熱が上がってしまいしんどかったのですが、大好きな時代劇を朝までつけて、飲みたいとき、飲めるときに水分をとって、食べられるものを少し食べて、不穏になることなく過ごせました。

信頼できる医療、医師、看護師さんと出会えたことは、我が家の介護生活の宝物です。

The following two tabs change content below.
すーちゃん
1966年生まれ。仕事をしながらの両親ダブル介護を経て、2006年に介護離職。現在は2005年に心原性脳梗塞になった83歳の父(脳血管性認知症 要介護5)を在宅介護中です。シングル介護なので大変も多いけど、父を笑かすことが私の楽しみだったりします。細々と、ブログ「笑って 父ちゃん」で父娘のドタバタな日常を綴っています。★プロフィール写真は、父が私を描いてくれたものです。
介護のお仕事

Facebookコメント