私は東日本大震災で被災し、その時の経験が少しでも皆様のお役に立てばと思い、災害時における介護のポイントについてお話いたします。
被災直後の認知症高齢者の心理的変化
避難生活は認知症高齢者にとって、とても大きなストレスとなります。また、介護者自身の環境も大きく変化するため、認知症高齢者の異変を見過ごしやすい時期です。以下、認知症高齢者が心理的ストレス過多になっていると思われる症状を挙げてみます。
- 急に怯えたり恐ろしがっている
- 話のつじつまがあわない
- 無力感、あきらめ、投げやりの様子がある
- 人目を避け、一人で過ごしている
- 大声を発する
- 失禁が多くなる
- 爪噛みなどのマスターベーション行為が突如見られる
- 同じ場所をウロウロと徘徊の様な行動が観察される
ご家族についても同様にストレスがかかっていますので、これらのポイントを見つける事は困難かもしれません。もし、第三者の協力が得られる場合は、これらのポイントに注意し、観察して下さい。
公的サービス(介護サービス)の利用
災害時の当該自治体の判断が下りてからになりますが、避難所等において自宅で利用していた介護保険サービスを受けられる場合がございます。今回の熊本地震において、厚生労働省の老健局から各市町村にむけて以下のような通知が出ました。
居宅サービスは居宅において介護を受けるものとしておりますが、自宅以外の場所 (避難所や避難先の家庭、旅館等)で生活している場合でも必要なサービスを受けられるよう、保険者である市町村においては、介護サービス事業者や居宅介護支援事業者等に協力を依頼するなど柔軟な対応をお願いいたします。
引用元:災害により被災した要介護高齢者等への対応について
しかし、事業所が被災している可能性もあり、また、事業所は被災者の方がどの避難場所に避難しているかは把握できておりません。連絡が可能であれば、まず、ケアマネージャーに一報を入れてください。ケアマネージャーに繋がらない場合は、各自治体に今後の対応について確認してください。
避難所では集団生活を余儀なくされるため、家族にとっても普段行わない介護(トイレに並ぶ等)が発生します。そこで、介護サービスの再調整も視野にいれ、連絡されることをおすすめします。
なお、利用費用については震災後の特例措置などによって減免される場合があります。特例措置の有無や条件などについては各自治体に問い合わせて下さい。
入所されている方については、入所先の施設が転所先の手配をすることが殆どですが、施設も混乱していますので、細かな引き継ぎ等が行われずに転所されるケースが多いようです。ご家族は地域の安全が確保されてから、転所先の施設へ訪問し、利用者の情報についてお伝えいただくとスムーズかと思います。
利用していた公的サービスが受けられない場合
それまで利用していた公的サービス(介護サービス)が再開されるまで、民間ボランティアのサービスを利用する事も可能です。民間ボランティア団体について確認されたい場合は、保険者である市町村にお問い合わせ下さい。費用が発生する事もありますので、事前に確認なさってください。
認知症高齢者の身体的変化
認知症高齢者の身体的変化についても観察が必要です。特に被災直後は交感神経の興奮により、痛みを忘れている(出血をしていても気がつかない等)ようなことも多く見受けられます。また、入浴の機会が減っている事により全身の観察の機会が失われています。加えて、水分摂取量の低下や、自律神経の乱れ等により便秘なども起こりやすくなります。認知症高齢者は生理学的な訴えが乏しい事が多いので、観察が大切となります。
- 腹部触診
- 下腹部を手で軽く押し、硬さのチェックをしてください。硬い場合は便秘の可能性があります。
- 腹部打診
- 腹部を「の」の字を描くように指で叩きます。(検者の片方の中指をもう片方の指でノックします。硬い部分(便が存在する部分)では重い音、空洞の部分では軽い音に聞こえます。「の」の字の最終付近よりも上位で重い音が聞こえると、便が下降結腸付近まで存在している可能性があります。
- 出血の確認
- 体表面で出血の痕が無いか確認して下さい。また、頭部は髪の毛により出血の確認がとりづらいです。頭部を打撲している可能性もありますので、確認して下さい。内出血痕も無いか確認して下さい。
- 全身の関節の可動の確認
- 自分の意思で手足を動かす事ができるか確認して下さい。自ら動かす事ができない場合は、動かしたい関節の近くを握り、動かす援助を行いながら関節の可動域の確認をゆっくりと行って下さい。苦痛の表情を浮かべている場合は骨折の可能性もあります。骨折により、腫脹・発赤・熱感が見られる事もあります。
- エコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)
- 長期間、下肢を動かさないでいると、ふくらはぎに血栓ができてしまい、それが脈を通じて肺や脳などを詰まらせてしまう事により、肺塞栓や深部静脈血栓等を引き起こします。特に車中泊をされている場合、下肢の動きが極端に少なくなりますので、エコノミークラス症候群を引き起こしやすいと言われています。できるかぎりの水分摂取を行うとともに、ふくらはぎを動かすようにして下さい。
- 発熱
- 避難生活では多くの人間が集まりますので、様々な感染症を引き起こしやすい他、避難時に怪我をした箇所から破傷風菌の感染なども考えられます。また、便秘による発熱なども考えられます。
ごく一部の例ですが、上記症状を観察し、異常や気になる点があった場合は近くの医療関係者への報告を行って下さい。
被災後の認知症高齢者の心理的変化
もっとも気をつけなければならないのはPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。些細な刺激でフラッシュバックが起こる可能性があります。
- 突然、前触れもなく怖い体験を思い出す
- 眠れない
- 理由もなく泣き出した、不安や緊張状態が続く
- 悪夢を頻繁にみるようになる
- 食欲が低下する
- 眩暈や吐き気、頭痛などの異変が起こる
- 腹痛、動機、脈拍が速くなる等の身体症状がある
- 些細な事でイライラする等、怒りっぽくなる
- 感情や感覚の鈍磨が起こる
- 他人や周りの環境に関して興味がなくなる
認知症高齢者に限らず、家族においても同様に注意しなければなりません。これら症状が観察されるときには、避難所にいる医療専門職や心療内科などへの相談を強くおすすめします。
まとめ
災害時における認知症高齢者のケアについて、全国で統一したマニュアルが存在する訳ではありません。災害による環境変化により、心理的な負担が増大(リロケーションダメージ)し、認知症高齢者の症状も変化する可能性が高いです。また、介護者であるご家族も、大きな心理的負担を受けます。
普段から認知症高齢者の行動を記したノートなどがあれば、それを活用し、介護事業者へ提供することをおすすめします。災害時は介護事業者も通常業務ができずに職員の応援を依頼したり、場合によっては他事業者へ移ることもあります。このような混乱した状況下では、情報の共有は困難ですので、できる限りノートなどに災害前の普段の状況を記し、情報を伝えてください。
また、災害発生時は緊急速報音、サイレン音、ヘリコプターなどの音等、騒音が発生し、その都度恐怖感を味わうこともあります。認知症高齢者が避難している場合、できる限り他者の協力を仰ぎ、そう言った騒音が発生している場合はしっかりと手を握り、視線を合わせて落ち着かせるようにして下さい。
今回の震災にあたり、行方不明者の早期発見、住民の方々の安心した生活再建を心から願っております。

中村洋文

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