認知症は診断を受ける20年ほど前から、すでに始まっていると言われています。しかし、車の運転を卒業することは容易ではありません。うちの義父の場合は、認知症の始まりでは?と感じた時から運転卒業までに10数年かかりました。運転卒業にむけて取り組む間には、何度も危険な場面に遭遇しました。
生活必需品であるはずの車が、人の命をいとも簡単に奪ってしまう凶器に代わらないよう早く異変に気付き、運転を止める決断をしてもらうことは家族の責務です。
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認知症の段階によって変わってくる運転
認知症はそれぞれの種類によって症状が変わってきます。今回、アルツハイマー型認知症の進行段階別危険サインの一例をご紹介していきます。
MCIの時点での運転
まずは認知症予備軍とも言われているMCIと診断された方の運転を見ていきます。
- 車の運転速度が極端に遅くなる
- 左端や中央線に寄ったりして、フラフラ運転をする
- 後続車に道を譲ろうとして、危険な場所にもかかわらず停まろうとする
- 車庫入れがまっすぐできなくなる
認知症の検査をしてもまだ軽度であるため、医師も家族も運転を止めさせることをためらいます。しかし、車が凶器となりつつある現実から目を反らしてはいけません。家族も本人も現実を受け入れ、行動範囲や時間を限定したり、保険内容を見直すことが必要です。そして周囲へも「最近危ないので、気を付けておいてください」と協力をお願いすることも大切です。
認知症初期の運転
運転以外でも認知症の初期症状が現れ始めています。「あれ」「それ」などで言葉を忘れたり、使い慣れたポット等電化製品の扱いを間違えたりするようになります。
- ギアの変更が適切にできないため、ローギアのまますごい音を立てて走行する
- ミラーを見ずに、前しか見ていない
- 接触により擦り傷や凹みなどができるが、身に覚えがない
- 方向指示器を間違えて操作したり、ワイパーを適切に調整することが出来ない
- 下手とか危険とか言われることに過剰に反応し、隠れて運転しようとする
- 行き先を間違えたり、道に迷ったりする
2つのことを同時にできなくなりますので、「前を見て運転すること」「運転の操作をすること」「左右や後方の安全確認をすること」など、さまざまなことを同時に行う運転が難しくなるのです。
また、位置や空間の認識が正確にできなくなります。「ちょっと寄りすぎたから」「発見が遅れたから」というだけでも、大惨事につながりかねません。この時期までには、運転をやめてもらうために家族がやっておきたい4つのことや認知症の方に運転をやめてもらうための5つのタイミングで紹介したような、運転をやめるためのさまざまな支援しておくことをお勧めします。
中等期~高期の運転
日々の生活でも危険認知が困難となってきます。見えているのに、正確に認識できないので、日常生活でもケガが増えます。
- 慣れた車でも、ギア変更がうまくできない
- 鍵の置き場や鍵自体を間違える
- あちこち大きな凹みや傷ができるが、身に覚えがない
- 方向指示器・ライト・ワイパーが適切に扱えない
- 必死にハンドルを握っている
- 赤信号でも突っ込む
- 車間距離を適切に取れない
- 走行速度に注意しながら、走行できない
- ドアがきちんとしまっているか確認しないまま、走行し始める
「危ない」と言われても、それ自体がピンとこない段階です。こんな状態をわかっていながら放置するわけにはいきません。家族も医師も責任を問われますので、強制的に止めさせなくてはならず、本人が受けるダメージや喪失感は後々まで影響します。
大事なのは運転卒業にむけて出来るだけ早く取り組むこと
「必要だから」「無理に止めさせることができないから」と運転卒業を先延ばしすることは、危険を増大させていることに直結しています。運転能力を常に把握し、わが身や家族だけでは済まされないこの問題に、早くから向き合い、運転卒業の自己選択ができるようにサポートすることがポイントです。
大事なのは、時間をかけて、愛情を込めて、車のない生活でも大丈夫と思えるように支援することです。生活必需品である車を凶器にしないために、認知症?と感じたら、すぐに運転卒業プランを始めて下さい。
我が家の運転卒業プラン~自己選択編~
運転卒業を自己選択してもらうために行った過程をお話いたしますね。
運転卒業に向けて周りの協力を仰ぐ
うちの義父は、軽トラックと軽乗用車2台を乗り分けていました。医師や親族から、運転卒業の時期を段階的に告げてもらい、ぶつける度に危険な運転になっていることを自己認識できるよう促し、運転範囲を狭めていきました。そして、車検が通らないことを理由に軽乗用車の処分に成功。しかし、免許更新時に無事(?)検査を通過してしまうという、まさかのハプニング!残った軽トラに家の鍵を差し込んで鍵を壊してしまったこともありました。
あわや大惨事…「もう無理だよね」と最終通告
運転を止めた後のショックを和らげるために、本人にあきらめてもらうよう取り組み続けていました。例えば、同乗しながら運転能力を定期的なチェックするなどです。しかしある日のこと、義父が運転する車に同乗していたのですが、林道を上っている最中にバランスを崩して、谷へひっくり返りそうになりました。かわいそうでしたが、家族会議の場で、嫁を死なせかけた事実について話し合い、運転卒業の自己選択をしてもらいました。
その日以降、しばらくの間、軽トラが目につかないよう他の家族が使用し、1人の時に乗っていかれないようにしました。ここまで10数年かかりましたが、少しでも喪失感が減らせたように感じます。
周囲の人が力を合わせて運転卒業を設定する
運転がおかしい、何とか止めてもらわなければと家族で取り組んだ運転卒業プラン。この過程は、家族が認知症を受け止める期間ともいえます。障害や病気の受容課程には諸説がありますが、我が家の経験から以下のように言えます。
- ショック期
- 否認期
- 混乱期
- 解決への努力期
- 受容期
運転を強制的にやめさせることは、本人はもちろん家族にも喪失感やダメージを与えます。現実を受け入れ、運転をあきらめるという選択を自らできるように、関わっていくことが重要です。認知症の方が運転卒業の花道を歩いて行くには、家族のサポートが大事なのです。
さいごに
相当な葛藤があったのちに、認知症の方は「もう運転ができない」という事実を受け止め、新しいライフスタイルを作ることができます。家族は認知症の症状が今どの段階なのかを考えながら、その状況に応じた名役者を選んで、協力をお願いしてみてください。我が家は失敗と成功を何度も繰り返し、試行錯誤の結果、今があります。「どのくらい運転に関わってきたのか」「どのくらい車や運転が好きなのか」によって個人差はありますが、時間がかかっても、苦しんでいる本人に寄り添って、支援していくことこそが一番の方法だと思います。

中嶋 保恵

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