「今の私」 アルツハイマー型認知症当事者のことば

今の私

※この文章は、2013年2月「京都式認知症ケアを考えるつどい」にて、若年性アルツハイマー型認知症を持つ中西 栄子さん(65歳)によって発表された講演会の原稿です。原稿内容は、娘の河合雅美さんと一緒に考えて作られています。

こんにちは。
とても緊張しています。なぜ、私がここで自分のことを話すのか?よくわかりません。でも娘に「お母ちゃんが、今の気持ちを話したら、これから同じ病
気の人の役に立つ。」と、言われまして、はずかしながら話させていただきます。よろしくお願いします。

私は、今 65 歳です。3 年前、娘に「何度も同じことを言う」、「怒りっぽくなった」という理由で、無理矢理もの忘れ外来に連れて行かれました。その時は、何の自覚もなく、普通に生活していましたので、「なんでそんなところに連れて行くのか?」と怒りました。診断の結果、若年性アルツハイマー型認知症と言われました。

病院に通いだした頃は、なんで病院に行かなければならないのか、なんで薬を飲むのか、わかりませんでした。ただ、娘に連れて行かれるだけでした。今は、いろんなことがわかるようになったと思っています。たとえば、病院に行き始めた頃は、朝起きても何もせず、ボーっとしていましたが、今は朝起きたらお茶を沸かして、朝ごはんを作る、ということがわかります。私のこの病気は、治ってきていると思います。

私は 20 歳から 60 歳まで小学校の教諭をしていました。退職してからも、4年間、副担任として勤めていました。まだまだ学校で働きたいと思っているのに、娘にやめろと言われて、とても辛い思いをしています。自分はできると思っているのに、やりたいことができないことがとても辛いです。

私は、一人暮らしです。主人は、10年前に他界しています。娘が2人います。長女は、近くに住んでいます。次女は、北海道に居て、ほとんど帰って来ません。近くに住む娘が、食事を運んでくれるなど、いろいろ世話をしてくれています。診断を受けてからも、普通に生活していました。

私は覚えていませんが、この頃、私は、娘に「私がボケだと周りの人に言いふらしている」、「私のお金を勝手に使っている」と、とても怒っていたそうです。娘とケンカばかりしていたそうです。私の当時の日記には、「娘が怒っているが、なぜ怒っているかわからない」と、よく書いていました。

おととしの年末に、階段を踏み外し、肩の骨を折りました。入院中に、要介護 1に認定されました。退院してからは調子が取り戻せず、入院する前は何をやって過ごしていたのかも、わかりませんでした。毎日、やることもないので、去年 5 月ごろから体操教室のようなデイサービスに通うことにしました。初めは行くのが嫌で、行きたくなかったです。当時、毎日、楽しくはなかったけれど、新しいことを始めるのは不安でいやでした。でも行ってみると楽しくて、今では週三回、そこに通っています。去年 10 月ごろから、もう一か所、認知症対応のデイサービスに通うようになりました。私は、学校でピアノをよく弾いていましたので、娘がそのピアノを生かせるところを探してくれました。ここでは、歌の伴奏やお昼ご飯の配膳なども手伝ったりしています。

デイサービスに行く日は、「今日はお稽古に行く」と思うと嬉しいです。逆に、デイサービスがないときは、1日何をして過ごせば良いのか分からなくて、いやになります。

将来については、何の不安もありません。ただ、いつになったら死ねるのだろう、いつまでこういう生活が続くのだろう、と思っています。家では 1 人なので、家族との関わりがなく寂しいです。娘と話したり、孫の顔を見るのが楽しいひとときです。

次に最近の私のことについて話します。
物忘れの自覚はあります。昔は忘れないように紙に書いてそれを確認していました。そのうち書くことがおっくうになりました。少し前は書いたこと自体を忘れてしまっていました。最近は、また書き留めることができるようになってきました。病気は、治ってきていると思います。頭の中がすっきりしてきました。

掃除や洗濯物の片付けなど、やらなければいけないことがあっても「もう、いいか」と思うことが多いです。別にやらなくてもいいかと思ってしまいます。「あれ」、「それ」と代名詞で喋ると娘にいつも言われます。いろんなことを「その時の感じ」としてしか覚えていません。「言ったかもしれないけど」とつけて、何回も同じことを言うみたいです。何回も同じことを言っているような自覚はあります。言ったような気もするし、言っていないような気もしているので、「言ったかもしれないけど」とつけて話します。「今、このことを忘れるかもしれない」と思うことがたまにあります。そのときは、娘に「忘れるかもしれないので」と、メールに内容を書いて送っておきます。

携帯電話のメールはまだまだ使えます。たまに急いでいると、携帯電話の使い方がわからなくなることがあります。でもゆっくり落ち着いて操作すれば、娘に教えてもらうことなく使い方を思い出せます。

娘は近くのマンションに住んでいますが、部屋番号は思いだせません。でも何階のどこかは、わかります。娘のマンションから家までは歩いて15分くらいで、暗くても 1 人で帰れます。

かかりつけの病院には、 1 人で行こうと思っても道を間違えて、たどり着けません。そんなときは、近くの人に聞きます。皆さん丁寧に教えてくれます。地図や身振りで教えてもらうだけでは、結局病院には行けません。そんなときは、もういいかと思って帰ります。

買い物は、もともと好きで近くのジャスコには毎日のように行っていました。最近は、ジャスコは物が多すぎて何を買えばいいのかわからないので行かなくなりました。いろんな商品を見るには見ていますが、欲しい、食べたい、これいいなぁ、とはあまり思いません。買い物に行くのがおっくうです。買い物と言えば、食べ物を買うぐらいですが、自分から食べたいものがなくて、選べません。これ美味しいよって勧められるとそれを食べます。おいしいです。

これからやりたいことは、もう一度教壇に立つことです。できることなら、子どもたちと関わりたいです。児童館や保育園で何か私のできることはないかなぁと娘と 2 人で考えたりしています。

以上が、今の私です。娘と一緒に話しながら原稿を作りました。
ありがとうございました。

中西 栄子(65歳)

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認知症ONLINE 編集部

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