アルツハイマー型認知症の母の本音に気付いた日

アルツハイマー型認知症の母の本音に気付いた日

母が認知症を発症していることは頭では分かっているはずなのに、優しくできない。心から受け入れられない。そんな気持ちが180度変わった日のことを、振り返りたいと思います。

周りに隠していた母の認知症

私は長い間「母に認知症がある」ということを、周りに隠していました。同じように、母も自分の病気のことは誰にも言わずにいました。
「まだ若いのに、認知症になったなんて恥ずかしくて言えない。」
「うわさ話のネタにされる」「悪徳商法に狙われるかもしれない」

当時は、二人ともそう思っていました。

母がアルツハイマー病と診断されてからは、
「なんで私がこんな厄介なことを背負わないとあかんのや…」
「いつ私のことがわからなくなるんやろう…」
「迷子にったら、どうしよう…」
「一人で暮らせなくなったら施設に入れるしかない」
と、そんなことばかり考えていました。私の中での認知症のイメージは、“恥ずかしい病気”、“何も出来なくなってしまう病気”として凝り固まっていて 、このイメージが間違っているとは考えもしませんでした。

先の見えない介護に光をくれた家族の会

以前から認知症という病気は知っていましたが、いざ家族が診断されると、どうしてよいのか分かりませんでした。診断されて、薬は飲み始めましたが、他に何の対策をすることもなく日常を過ごしていました。だんだんと日常生活がうまくいかなくなってきて、母も、うまくいかない日常にイライラしていた様に思います。

「このままでは、あかん」と思い、認知症の本人や介護家族が集まる「認知症の人と家族の会」に参加しました。そこで初めて、第三者に母のことを相談することができました。私と同じように悩みやつらい気持ちを持っている人がたくさんいることを知りました。私と同じ境遇の人達と話すことで勇気付けられ、心強くなったことを覚えています。

そして、先輩介護者から
「今、お母さんのことで困っていることは、ずっとは続かない。そのうちに落ち着く」
と教えられ、「それなら、我慢できる!」と思えました。

「認知症当事者代表として、自分の気持ちを話してみませんか?」

そんなある日、家族の会から驚くべき提案がありました。
「中西さん(母)は、自分の言葉で自分の気持ちが話せるので、ぜひ『認知症の人』代表として、講演会で自分の認知症のことを話してほしい」というのです。
もちろん、何回も「無理です。出来るわけがありません。」と断りました。病気のことを隠しているのに、大勢の前で病気のことを話すなんてあり得ない、と思っていました。

でも、何回もお願いされるうちに
「お母ちゃんには、もう出来ることは何もないと思っていたけど、出来ることもあるかもしれないなあ…」
と思うようになりました。それがとてもうれしくて、とうとう引き受けてしまいました。

初めて知った母の気持ちに目から鱗

「あんたが原稿作ってくれるなら、やる。」と母が言ってくれたので、二人で講演会の原稿作りが始まりました。
まずは、とにかくやるしかないという思いから、母に
「認知症って言われてどう思った?」
「自分が認知症っていう自覚あるの?」
ときいてみました。すると、
「なんでそんなこと、話さなあかんのや!」と怒り出す母。(今から思えば、母が怒るのは当然だと思います…)

そこで、母に状況を分かってもらえるように、

「講演会で話せば、お母ちゃんと同じ病気の人を励ますことができる。」
「バカにしているわけでもなく、純粋にお母ちゃんの気持ちが知りたい。」
「お母ちゃんのことがしっかり伝わる原稿を一緒につくろう。」

ということをじっくり伝えました。すると、「そうか、わかった、わかった。」と私の質問にいろいろと答えてくれました。

話をしているうちに、今まで気付かなかったことが見えてきました。
「あれ?お母ちゃん、認知症やけど、いろんなこと覚えてるやん。」
「自分の気持ちをちゃんと話してる…」
「え?この先、やりたいこともあるの?」
「認知症が治ってきてると思ってるんや!」
私は驚きの連続でした。

私は、この作業で「今までお母ちゃんとしっかり向き合っていなかったなあ…」と気付くことができました。「認知症だから、何もわからない。何も出来ない。」と全てのことを決めつけていたように思います。母としっかり向き合うことで、「認知症があっても出来ることはたくさんある。」と知ることができたのでした。

講演会の様子
講演会の様子

※この時、二人で作った原稿はこちら(「今の私」中西栄子 65歳)から見ていただけます。2013年2月京都式認知症ケアを考えるつどいにて発表

お母ちゃんの笑顔が戻った!

私の気持ちが変わったことで、家での母の様子も変わりました。今までは、きっと「認知症だから、話しかけても仕方がない。」、「お母ちゃんは認知症で何も出来ないから、家によんであげている。」というような気持ちが立ち振る舞いから滲み出ていたのだと思います 。

母は、よく話すようになりました。母が家族の会話の中に入れるように、少し補足説明をつけることも自然にできるようになりました。母がよく話し、笑顔になると、娘たちも「おばあちゃん!」と、またおばあちゃんが大好きになりました。母娘の関係が良くなると、家族全体が明るい雰囲気になりました。

デイサービスで張り切っているということも思い出し、家でも手伝いをお願いすることにしました。お願いすれば、なんでもよくやってくれるので、母は今でも家族から感謝されています。

母の気持ちがわかるようになり、「認知症があるとは、どういうことなのか?」と母の立場に立って考えることができるようになりました。

認知症と共に生きていく

「認知症と共に楽しく生きる」ということは、今はまだ簡単に出来ることではないかもしれません。私たちも長い間、苦悩の日々を過ごしました。認知症本人の気持ちに思いを寄せ、家族が認知症について知り、良き支援者を得て、地域の理解も深まることで、認知症があっても生き生きと暮らせる世の中になるのだろうと思います。

The following two tabs change content below.
河合雅美

河合雅美

1972年生まれ。夫と二人の娘の四人家族。介護老人保健施設と調剤薬局に薬剤師として勤務。アルツハイマー病の母(要介護2)が同じマンションの別フロアーで一人暮らしをしている。診断当初は、どうしていいのかわからず、母娘でケンカばかりしていた。ある時、母としっかり向き合うことができ、認知症があっても、やりたいことやできることがたくさんあることを知る。現在は、認知症と共に生きる母を前向きにサポートしている。

編集部おすすめ記事

この記事を読んだ人にぜひ読んでほしい、その他の記事

介護のお仕事

新着記事

Facebookコメント