笑って父ちゃん!脳血管性認知症の介護体験談vol.1

笑って父ちゃん!脳血管性認知症の父の介護体験談vol.1

はじめまして。脳血管性認知症を持つ実父を在宅でシングル介護しています「すーちゃん」と申します。この2月で、父の在宅介護生活を始めてまる11年になります。世間で介護は辛いものと深刻に語られがちですが、私は日々、”笑かし介護”を心がけています。父の楽しめることを探して一緒に楽しむ。父が笑っていたら私も嬉しい。ここでは、そんな生活の一部を書けたらと思います。

まずは自己紹介

「お~い。大工道具の箱、持ってきてくれ」
「何に使うの?」
「おまえを切るんや」
「えぇぇ~。どんなふうに切りたいの?」
「半分や。半分に切ったる」
「そんなんしたら私、足一本になって歩かれへんやん」
・・・で、片足で歩いて、こける真似をすると父大笑いです。

はじめて私と父の会話を聞かれたらびっくりされるかもしれませんね。関西弁で、常にボケと突っ込み。毎日が吉本新喜劇状態です。

でも、はじめからこんなふうに父との会話を楽しめたわけではありません。おまえを切るなんて急に言われたらびっくりしますよね。すっかりかわってしまった父にどうしていいかわからず毎日ひやひやでした。恐怖すらありました。優しかった父から受ける暴言、暴力に逃げ出したい思いでした。今思うと、なんでそんなに恐れてたのかと思いますけどね。まずは自己紹介をさせていただきます。

父。83歳。要介護5。お茶目な男前

11年前に心原性脳梗塞を発症。8年前より要介護5です。脳血管性認知症と言われています。左麻痺で車椅子生活です。嚥下障害があり、ペースト食を全介助で食べています。右前頭葉広範囲に梗塞が起きたため、脱抑制、感情障害、注意障害などがあります。
我慢できません。待てません。目の前のものはとりあえず蹴ります。たたきます。でも、よく笑うようになりました。お茶目です。男前です。若くみられます。

私。49歳。シングル。介護離職を経験

シングルです。保育士の仕事をフルタイムしていましたが、10年前に介護離職。フラワーアレンジメントと愛犬の散歩が楽しみです。

現在の介護環境。デイもショートも利用なし

ディーサービスもショートスティも集団になじめないので利用していません。(暴力のない頃にはディーサービスに週5~6回行っていましたが、ショートスティは利用したことがありません)訪問看護・訪問介護・訪問リハビリと福祉用具のレンタルを利用しています。

怒鳴る、叫ぶ、叩く。父の言動にヒヤヒヤした初期

笑って父ちゃん 怒る父ちゃん
脳梗塞後、左半身に麻痺が残り高次脳機能障害といわれてはいましたがそれなりに落ち着いて過ごせていました。父に認知症の症状がでてきたのは、9年前に母が亡くなった直後からです。

「ご飯食べさせてもらってない」と言い張ったり、「家に連れて帰れ!!」と家にいるのに外にでたがるようになりました。

常にイライラしていて、私が側から離れると「火事や。火事や。消防車呼べ!」と叫んだり大声で怒鳴るようになりました。実際に119番に電話してしまったこともあります。食事中も、スプーンで叩いたり、お皿を投げたりするようになりました。

私だけでなくヘルパーさんにもたたくので私は、いつもヒヤヒヤしていました。夜はせん妄状態で、眠らず見えない相手と喋り続けました。母を亡くしたばかりの私は疲れ果てていきました。なにより壊れてしまった父のことが、悲しくてたまりませんでした。

認知症の親との同居生活は不幸なの?

父が落ち着くためにできることはないのだろうか?と家族会や数件の病院を訪ねました。どこの病院でも同じようなことを言われました。

「お父さんの介護は楽にはならない。」
「このままだとあなたもお父さんも倒れてしまいます。」
「お父さんを施設か病院に預けなさい」
「あなたのこともわからなくなるかもしれないけれど、あなただけでも助かる道を選びなさい。」

なんで一緒に家でいられる道を言ってくれないんだろう?母を亡くし、父とも別れるなんて考えたくありませんでした。

「負けるもんか」

私は父と家で頑張るって決めました。いろいろな方に相談したり情報を集めて生活を見直しました。父と今までどおり家で暮らすんだ。ただその一念でした。

なんだ。笑わしたらええんや。

私の覚悟ができた頃、何のきっかけだったか、私が物真似をしたんです。そしたら、目を三角にして怒っていた父の表情がふって和らいだのです。

「えっ!!」
父が笑った!!!!
なんか月ぶりかの父の笑顔でした。
何度やっても父は笑いました。

怒らさないようにって、びくびくしていた毎日に希望が見えた気がしました。でも、イライラの父は、そう簡単には笑ってくれませんからね。どんなことで笑うのかを必死で探しました。笑っている時は、暴力が少なくなるってことも発見しました。

なんだ。怒らさないようにでなく笑わしたらええんや。
父は自分で楽しみを見つけたり、自分の気持ちをコントロールできないだけなんです。だから、楽しみを一緒に探したらいいって思ったのです。うまくいかないことも多いです。もうだめって思うこともあります。でも、じゃぁどうしよう?って次の工夫を探したらいいのです。

あくまでも介護家族である私の工夫です。でも、どんなに重度になっても、暴力があってもお家で一緒に暮らすことができるんです。お父さんはお父さんなんです。そんな私と父の日々と生活の工夫を綴っていきたいと思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

笑って父ちゃんとすーちゃん

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すーちゃん
1966年生まれ。仕事をしながらの両親ダブル介護を経て、2006年に介護離職。現在は2005年に心原性脳梗塞になった83歳の父(脳血管性認知症 要介護5)を在宅介護中です。シングル介護なので大変も多いけど、父を笑かすことが私の楽しみだったりします。細々と、ブログ「笑って 父ちゃん」で父娘のドタバタな日常を綴っています。★プロフィール写真は、父が私を描いてくれたものです。
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