母がアルツハイマー型認知症を受け入れることができた理由

by 河合雅美河合雅美 11272views
母が認知症を受け入れられるようになったきっかけ

「認知症になっても途方に暮れることはない。出来ることは、たくさんある。」
同じ病気で落ち込んでいる人たちに母が伝えたいことです。

63歳、母、若年性アルツハイマー病と診断される

母は、小学校の先生でした。音楽主任をしていて、音楽が得意でした。短大卒業してから、40年間小学校の先生をしていて、定年退職しました。定年後、若年性認知症と診断されました。

2010年冬、母の言動をおかしく思い、無理矢理もの忘れ外来に連れて行きました。「私がもの忘れ外来に、何の用事があるんや!」と待合室で怒り、診察室でも「娘が勝手に連れてきた。こんなところに用はない。」と言っていました。若年発症(当時63歳)のアルツハイマー病と診断された後も、認知症の書物やテレビの特集を見て、「やっぱり、私は認知症ではない。」と認知機能の低下した症状と自分の様子を比較していました。「なんで、私が認知症なんや!!?」と、自分が認知症であることを受け入れることはありませんでした。

母に苛立つ私、離れていく友人。孤独が妄想を悪化させた

医者に「薬を飲んで様子を見るように」と言われて抗認知症薬アリセプトの服用を始めました。当時は、認知機能の低下を受け入れない母と、病気なのだから病人らしくして欲しい娘とで、母娘ケンカが絶えませんでした。また、母の友人たちも母の言動をおかしく思い、距離を置くようになっていきました。月に何回かのランチ会や宴会にも誘われなくなり、気が付けば、母は誰とも話さず一日中散歩する生活を送っていました。

当時のことを母は「あれもだめ、これもだめ。娘に怒られてばかりだった。塀の中に閉じ込められているようだった。」と言っています。孤独な日々が続き、被害妄想がひどくなっていきました。私は泥棒扱いされ「警察に突き出すぞ」と一日に何回もメールや電話があり、私にとっても辛い日々が続きました。

「おしゃべり」が出来る場所があるありがたさ

「母には私以外の人と接する機会が必要だ。」と思い、介護認定を受けてデイサービスに通い始めました。始めは「あんなところは、お年寄りが行くところや。」と行くのを嫌がっていました。確かに、当時65歳の母では、雰囲気に馴染めない気がしました。そこで、リハビリ系のデイサービスに通うことにしました。

行ってみると楽しかったようで、母は体操教室に通っていると思っていました。毎日誰とも話さずに生活していたので、「おはよう」と挨拶できるだけでうれしかったのだろうと思います。孤独な時間を過ごしていたときは「自分は、もうあかんのか…」と落ち込んでいましたが、デイサービスでは周りの人と挨拶を交わし、おしゃべりを楽しみ、「あれ?私、もうあかんと思っていたけど、周りの人とおしゃべりが出来ている。」と思えたようです。

「私は認知症だけど、色々なことができる」

また、認知症の人と家族の会の「つどい」に、母は「自分は認知症」と自覚して参加しました。もちろん、「なんで、そんなところに連れて行くんや!あんただけ行ったらいい。私は行かない。」と怒っていましたが、これもまた無理矢理連れて行きました。

本人と家族は別々の会場なので、母が「認知症の人」として何を話していたのかはわかりませんが、帰り道、「まさちゃん(筆者)、(連れてきてくれて)ありがとう。みんな(世話人や他の参加者)私の話をよく聞いてくれはった。『あんたは認知症やし、もうあかんねんで』とは誰にも言われなかったわ。」と笑顔で話してくれました。

デイサービスに通い、家族の会の「つどい」に参加し、「私は認知症だけど、いろいろなことが出来る。周りの人も、優しい。」と繰り返し思ったようです。認知症のことを理解してくれる人がそばにいること、否定されないこと。これらのことが、母を前向きにしてくれました。母がもともと持っていた「認知症になったら何も出来なくなる。」という認知症のイメージが変わり、自分が認知症であることを受け入れられるようになったのだと思います。

認知症と診断されても途方に暮れることはない

今は、病気とともに生きる道を二人で模索しています。

「同じ病気の人の役に立ちたい」というのが母の願いです。認知症と診断されてからも出来ることはまだまだある。楽しいこともたくさんある。そうしたことを時々、私がサポートをしながら、母自ら講演会や色々な場所で話させてもらったりしています。母は、人前に立つと教師時代の血が騒ぐようです。(笑)

川合雅美さんお母さんと講演中

これからは、私や母の実体験をもとに、認知症の暗いイメージを少しでも変えていけるような記事を発信したいと思っています。現在介護中の方や将来介護に向き合う方にとって、少しでも役立てば嬉しいです。

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河合雅美

河合雅美

1972年生まれ。夫と二人の娘の四人家族。介護老人保健施設と調剤薬局に薬剤師として勤務。アルツハイマー病の母(要介護2)が同じマンションの別フロアーで一人暮らしをしている。診断当初は、どうしていいのかわからず、母娘でケンカばかりしていた。ある時、母としっかり向き合うことができ、認知症があっても、やりたいことやできることがたくさんあることを知る。現在は、認知症と共に生きる母を前向きにサポートしている。
介護のお仕事

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