認知症看護認定看護師の市村です。前回は、摂食嚥下障害の特徴、食事介助のポイントについてお伝えしました。今回はその続編です。認知症の方の食事シーンでよく見られる、介護者が困ってしまいがちな行動について、原因とケアのポイントを解説したいと思います。
前回記事:認知症の種類別!摂食嚥下障害の特徴、食事介助のポイント
食べない、食事中に離席…一体なぜ?
筆者は以前、精神科病院の認知症治療病棟に勤務していました。認知症の症状の重い方やBPSD(心理・行動症状)が強く出ている方が多く、食事の時間帯は特に大騒動でした。摂食・嚥下障害だけでなく、食事を拒否する方や、まだ数口しか食べていないのにどこかへ行ってしまう方なども多くいらっしゃいました。
最初は認知症(とくにアルツハイマー型認知症)の方の独特な食事行動が理解できず、イライラしてしまうこともありました。けれど、彼らの脳の働きに注目して原因を分析してみると、不思議な行動にも納得がいき、押さえるべき対応も見えてきて、食事介助が随分ラクに、楽しくなったのです。
もしかすると介護施設などで働いている方は、以前の筆者のように悩んでいるかもしれません。今回お伝えする内容が介護のヒントになれば嬉しいです。
困りがちな食事行動別!原因と対応のコツ
前回の記事でもお伝えしましたが、アルツハイマー型認知症は比較的後期まで嚥下機能は保たれます。アルツハイマー型認知症での食事の課題は大きく「食事開始」と「食事を継続すること」の2つに分けられます。
1.食べ始めない
「食べたくない」と拒否してはいないのに、食事を目の前にしても全く手をつけようとしない状態があります。「どうぞ召し上がって下さい」と声をかけても「はいはい」と答えるばかりで、なかなか食べ始めようとしない。この行動は失認と呼ばれる認知症の中核症状で、視力は今までと変わらないのに目から入った情報を正しく認識できないというものです。
考えられる原因
これは主に、脳の後頭葉という視覚をつかさどっている部位が障害されるため起こります。食事が目の前に置いてあってもそれを「食べるもの」と正しく認識できていなかったり、立体的に映らなかったりするために、目の前のものが何なのかわからず、手をつけていないことが考えられます。
食事援助のポイント
このような場合は、最初の数口だけ介助して、食べ物が口に入ってからスプーンを持っていただくと、ご自身で食べ始められるようになるパターンが多かったです。しかし目の前のものが食べ物だと認識できていないため、口に入れようとすると拒否する場合もありますので、決して無理強いせずタイミングを見て援助してみて下さい。
2.箸やスプーンの使い方がおかしい
箸をさかさまに持ったり、1本の箸で食べようとしたり、スプーンを裏の状態で食べようとして全然すくえていなかったり。アルツハイマー型認知症の中期以降になると、このように食具を上手く使えない場面が出てきます。
考えられる原因
これは失行と呼ばれる中核症状。手や足に障害があるわけでないのに、今までできていた簡単な動作を行うことができなくなる症状です。箸やスプーンが使えなくなるのは観念失行といわれるもので、物の名前や使い方は説明できるのに、実際には使えないという症状です。これは脳の頭頂葉という部位の障害によるものです。この症状が強くなってくると手づかみで食べるなどの行動がみられてきます。
食事援助のポイント
このようなときは、持ち方を修正しましょう。経験上これだけでご自身で摂取できる方がたくさんいらっしゃいました。食べ方があやしくなってくると、つい箸からスプーンに変更してしまう介護士さんも多いのですが、箸のほうが上手く使える方も多いので、安易に「できない」と決めつけず、その人にあった方法を探しましょう。
3.特定のお皿のものしか食べない
最初にご飯だけ食べてしまう、目の前のおかずだけを食べ続ける、などの行動がみられることがあります。ご本人がそのような食べ方を好んでいるのであれば問題ありませんが、そうではないのであれば介入の必要があります。
考えられる原因
いくつか可能性は考えられますが、ひとつに視覚に関係する頭頂葉や後頭葉の障害によっておこる視空間失認とよばれる症状が関係していると考えられます。目の前にあるものを広い視野でとらえることができなかったり立体的にとらえることができなかったりしていることが原因だと推測できます。
食事援助のポイント
このような時には、他の食べ物にも注意がむくように声がけをしたり、他の皿を見やすい位置に移動させると比較的食べていただける方が多かったです。また食器が多くて混乱してしまう場合はご本人が嫌がらなければワンプレートにまとめると集中して食べられる方もいらっしゃいました。
4.途中で食べるのをやめてしまう、立ち去ってしまう
少し前までペースよく食べていたのに突然箸を置いてしまって食べるのをやめてしまう、どこかへ言ってしまう、というのは認知症ケアの現場ではよくみられる行動です。「もうよろしいですか?」と聞いて「いやぁ、まだ・・・」とか「うーん・・・置いておいて・・・」など返答があいまいなためしばらくそのまま置いておくものの結局食べないなんてことありませんか?
考えられる原因
こちらもいくつか可能性が考えられますが、主には前頭葉の障害による集中力の低下が原因だと考えられます。認知症をもつ方の食事時をよく観察していると「今集中力が切れたな」と分かります。
食事援助のポイント
このような場合は、食事以外のものに注意が向きにくいように環境を整えることが大切です。テレビや騒音はもちろんですが、こちらが気にもしないようなことが集中力を妨げてしまうこともあるので気をつけましょう。食器やランチョンマット、エプロンの柄など視覚からの情報は気になってしまう方が多いようです。またつい「美味しいですか?」などと聞きたくなってしまいますが、窒息や誤嚥のリスクも含めてむやみに話しかけないことも大切です。
さいごに
「認知症だから」と一言で終わらせてしまうのではなく、どのような脳の障害がこのような症状につながっているのかな、と考えながら援助をすると行動の意味を理解しやすくなり、援助も楽しくなるはずです。お役にたてると嬉しいです。


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