認知症介護に伴うとても身近な感情、怒り。短い時間に同じことを何度も聞かれたり、入浴して欲しいのに断られたり。認知症の症状がさせていることだと頭では理解していても、ついイライラしてしまうこともあるのではないでしょうか。そうして溜まった怒りの感情が積み重なると、やがて介護うつや高齢者虐待に繋がります。
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今、こうした怒りの感情と上手に付き合う「アンガーマネジメント」が、介護現場で熱い注目を浴びています。アンガーマネジメントを身につけることで、イライラをコントロールでき、介護がスムーズに進むのだとか。今回は、看護師で精神科病棟での勤務経験を持つ、日本アンガーマネジメント協会の田辺有理子さんに、「怒り」の感情との上手なつきあい方を伺いました!
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今回お話を伺った方
●田辺 有理子(たなべ ゆりこ)さん
看護師として病院勤務を経て、現在は横浜市立大学 医学部看護学科にて講師として看護師の養成、教育に携わる。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会にて、アンガーマネジメントの考え方やテクニックを世の中に広める講師活動も行う。
目次
怒りは、ストレスが溢れた結果の「二次感情」
――認知症の介護と切っても切り離せない「怒り」の気持ち、上手く付き合うにはどうすればいいのでしょうか。
(以下、田辺さん)
まずは、怒りの感情が沸き起こる仕組みをご説明しますね。怒りは、その背景にストレスや様々な感情が溢れたときに引き起こされる二次感情といわれています。
上の図にあるコップの中は、心の状態を表しています。不安、つらい、苦しい、疲れた、悲しい…等、負の感情が貯まっていますね。コップの大きさは、そうした感情の許容量を表します。そこから溢れたものが、「怒り」の形に変換されて、溢れるのです。
――確かに、心に余裕がない状態だと、些細なことでもカッとなりやすいですね。
介護の場面だと、連続夜勤で寝不足だったり、職場の人間関係が上手くいっていない状態の時に、イライラしやすくなりますね。例えば、夕食を食べた後に「ご飯はまだ?」と何度も聞かれた場合。冷静な状態なら、穏やかに対応出来るのに、ストレスがあるとつい、「さっき食べたでしょ!」とついきつく言ってしまうかもしれません。
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こうしたケースは、介護現場ではよく見られます。たまには思い切りリフレッシュして、心のコップにたまった感情をリセットしたり、心のコップを大きくしておくことが大切です。
「怒り」を上手に逃す3つのテクニック
――それでもつい、イラッとしてしまった時は、どうすればいいのでしょうか。
アンガ―マネジメントは、怒りの感情自体は否定していません。日常のストレスをゼロにするのは、実際にはなかなか難しいことですし、怒りは人として自然な感情です。肝心なのは、カチン!ときた時に「反射的な行動をとらない」ことです。認知症の人に対して自分の感情にまかせた言葉をぶつけてしまうと、症状が悪化しますよね。
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アンガーマネジメントでは、冷静さを取り戻すための3つのテクニックを推奨しています。
具体的には、「衝動のコントロール」「思考のコントロール」「行動のコントロール」の3つです。それぞれご説明しますね。
①6秒の「間」をつくる、衝動のコントロール
怒りのピークはほんの数秒です。カチン!ときてから「最初の6秒をやり過ごす」ことができれば、なんとかなります。6秒というのはクールダウンするのに必要な時間の目安で、5秒でも3秒でも大丈夫です。ほんの数秒我慢したところで、怒りそのものは無くなりませんが、「反射的な行動をとらない」という目標は達成できます。
アンガーマネジメントには、この6秒をやり過ごすための具体的な方法がいくつかあります。例えば、次のようなものです。
怒りを10点満点で採点する
カチン!ときたら、心のなかで今感じた怒りの強さを0~10点で点数をつけてみます。これを「スケールテクニック」といいます。点数という客観的な視点が入ることで、気持ちを切り替えることができます。介護職の場合は、同僚同士で「今の怒りは何点だった?」と声を掛けあうこともできますね。
イライラしたことを書き出す
頭にきたことを手のひらに指で書きます。書いているうちに数秒が経つので、怒りのピークをやり過ごすことができます。怒りを感じたらすぐにメモを取るのがポイントです。
また、紙に怒りを記録する「アンガーログ」という方法もオススメです。書きだすのは、次の項目です。
- いつ
- どこで
- 何が起きたのか
- そのときどう感じたのか
- 怒りの点数
文字にすることで、感覚的に捉えている「怒り」の感情を冷静に見つめなおすことができ、記録を振り返れば、自分の怒りのパターンが見えてきます。介護中に書き出すのは難しいと思うので、休憩中や帰宅後など、忘れないうちに手帳に記録しましょう。
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魔法の呪文を唱える
怒りを感じたときに、頭で唱える「魔法の呪文」を用意しておくのも効果的です。呪文の内容は、なんでもいいです。「大丈夫大丈夫」でも、「何とかなるさ」でも、言いやすいものを試してみてください。心の中でユーモアをもって反論するのも、相手に知られず怒りを鎮めるいい方法ですね。
②「べき」の境界線を広げる、思考のコントロール
怒りの原因のひとつに、自分の価値観から外れた現実を目の当たりにした、というのがあります。例えば、入浴介助のシーン。もしあなたが、「お風呂は毎日欠かさず入るべき」という価値観を持っていたら、入浴を嫌がる認知症高齢者に対して、怒りの感情が沸きませんか?あるいは、半ば無理やり服を脱がせてお風呂に誘導するかもしれません。自分が正しいと思っている「べき」に従うと、こうなります。
これは、思考の枠組みを表した概念図です。相手の言動が自分の価値観と一致している場合を、一番小さいマルとします。つまり、自分が最も心地よい状態です。ニ番目に小さいマルは、自分の「べき」から外れても許容範囲、という状態。そして、一番外側のマルは、許容できないレベルの状態です。
怒りをコントロールするには、この二番目のマルの境界線を広げることです。「毎日の入浴は無理でも、週に1度入ることができればいいか」と考えると、少しラクになりませか?怒りを感じる状況に遭遇したら、自分の「べき」の範囲を見なおしてみるのをおすすめします。
③怒るかどうか仕分ける、行動のコントロール
最後のテクニックは、自分でコントロールできるものだけコントロールしようというものです。例えば、認知症が引き起こす記憶障害はコントロールできないけれど、認知症の人への接し方は変えられます。「以前は物忘れがもっと軽かったのに・・・」など、以前の状態と比べてしまったりすると、頭では分かっていても、目の前の現実を受け止めきれないかもしれません。変えられないものに執着してエネルギーを無駄遣いするよりも、自分の意思で変えられる介護スキルを磨いた方がお互いにとって幸せですよね。
大切なのは、自分が変えられないことがあることを理解すること。変えられることとそうでないことの線引きが出来れば、ずっとイライラし続けることになります。
怒りの引き金は「自分の中」にあることを忘れないで
――テクニックで怒りをコントロールすることはができるのですね!ただ、実際の介護では、それでも割り切れなくて怒ってしまう、ということもあるのではないでしょうか。
当然、あると思います。いくらテクニックを習得しても、実際の介護シーンでは、怒りの感情が勝ってしまうのは仕方がないことだと思います。肝心なのは、知識として頭に入っているかどうかということです。怒りを相手にぶつけてしまっても、「次こそ6秒ルールを思い出そう」と考えることで、次は成功するかもしれませんよね。3回試して、1回成功すれば上出来だと思います。
――気負わなくて良い、と考えると気持ちが少しラクになりますね。
「怒り」の引き金を引くのは、他人ではなく、自分自身です。時にはあえて怒ってみるのもアリだと思います。もちろん、本人を怒鳴りつけるということではありません。立場を理解してくれる友人や、介護職の同僚相手に愚痴をこぼしたり、心の中では怒りを叫んでOK、というルールをつくることもいいと思います。自分のイライラに振り回されない方法を探ることが、良い介護につながると思います。
さいごに
アンガーマネジメントによって、怒りに強い自分を作ることができます。人によって怒りの許容範囲、カチンとくる出来事は変わってくるので、この機会に自身の怒りポイントを振り返られてみてはいかがでしょうか。怒りとうまく付き合っていくが気持ちの余裕を生み、さらにはよりよい認知症ケアに繋がっていくと思います。
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認知症ONLINE 編集部

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