「認知症の人を追い詰めるのは、不適切な医療とアウェイな環境」そう話すのは、「私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活」著者・樋口直美さん。本書は、アルツハイマー型の次に多く、“第二の認知症”とも呼ばれるレビー小体型認知症と診断された本人が書いた初めての闘病記録です。41歳でうつ病と誤診され、約6年間に渡り過酷な薬の副作用に悩まされた樋口さんが、自身の症状を冷静に観察し、病と立ち向かい続けた軌跡を綴っています。これまでの認知症の常識を覆した本著は、認知症と対峙する多くの人に衝撃と希望を与え、2015年度 日本医学ジャーナリスト協会賞の書籍部門にて優秀賞を受賞。今回は、樋口さんに、認知症を取り巻く社会について、お話を伺いました!
目次
認知症の一種と診断されても、思考力は衰えなかった
――― 本書では「認知症とついた病気は、一度発症したら回復することはない」という常識を、ご自身の経験をもって覆えされています。私自身も、進行性だという認識だったので、驚きました。
「認知症になると、脳細胞が死滅し続け、知性も人格も失う」ということは、医師も含めた多くの人の共通認識です。認知症は脳を萎縮させて記憶力が落ちる、ともよく言われます。しかし、事実は違うと、自分が病気になってみて初めて実感しました。私が診断されたレビー小体型認知症では、脳は特に萎縮しません。私は、診断を受けてから2年以上治療を続けていますが、今では自律神経障害以外の多くの症状が消えていますし、認知機能テストは満点に回復しています。
――― レビー小体型認知症への誤解は、どのように生まれているのでしょうか?
大きな原因は、医療現場における「レビー小体型認知症」への理解度の低さです。レビー小体型は、認知症の約20%を占め、アルツハイマー型に次いで多いと、この病気を発見した小阪憲司先生は言われます。しかし依然として知名度の低い病気です。他の科の医師が病名を知らないことも度々経験しました。認知症専門医でも、この病を正確に理解している方は多くありません。
「認知症=物忘れの病気=アルツハイマー病」として語られるのを耳にするたび、誤解と誤診を助長していると感じます。レビー小体型認知症とアルツハイマー病では、症状が全く違います。物忘れが目立たないために発見が遅れ、正確な診断にも中々結びつきません。認知症を起こす多種多様な病気を十把一絡げにしている限り、正しい理解は進まないと思います。
誤診多き「レビー小体型認知症」を知ってほしい
――― レビー小体型認知症には、記憶障害などの認知機能障害は起きないのでしょうか?
いえ、高齢者ではアルツハイマー病との合併も多いです。ただ、レビー小体型認知症の場合、特に初期のうちは記憶障害が目立たない方が多いようです。症状の個人差が大きく、最初に出る症状も、レム睡眠行動障害(大きな寝言等)、幻視、パーキンソン症状、自律神経障害、うつなど、人それぞれです。「この症状があれば必ずレビーだ」と言い切れるものもありません。また、脳も萎縮しないので、CTやMRIでは異変に気づけません。こうした特徴ゆえに、誤診がとても多いのです。
――― ご自身も「うつ病」と誤診され、約6年間も誤った治療を受けられたのですよね。
はい、幻視もありましたが目の錯覚と思っていました。不眠で精神科を受診すると、うつ病と診断され、抗うつ剤や抗不安薬などを処方されました。飲み始めると、血圧が下がって失神したり、発作のように焦燥感に襲われたりしました。1日中立ち上がれないこともありました。当時は知識が無かったので、精神症状もうつ病の症状かと考えていましたが、今、考えれば、副作用だったと分かります。
記憶障害がないばかりに、認知症とは診断されず、本人も気づかず、間違った薬が処方され、副作用で症状が悪化し更に副作用を消す薬が足される・・・。特にレビー小体型認知症は、薬に過敏で副作用が出やすいという、他の病気にはない特徴があるので、この負のスパイラルにとても陥りやすいんです。
――― 「パーキンソン病」と誤診される方も多いと聞きます。
レビー小体型認知症の発見者である小阪憲司医師は、パーキンソン病とレビー小体型認知症は、同種の病気だと言っています。パーキンソン症状の出ない方もいますが、症状のほとんどが重なっていて、医師にも区別がつきません。
問題なのは、一度パーキンソン病と診断されると、認知機能が落ちてきても幻視がひどくなっても診断が変わることが殆どなく、薬の増量で更に悪化している場合が少なくないことです。正しい診断にも適切な治療にもたどり着くことが難しいという理不尽な状況は、長年改善されていません。医療者の理解が進まなければ、いつまで経っても苦しむ人達は減らないんです。
十把一絡げに「認知症の人」と呼ぶ前に
――― 医療の課題も大きいですが、私たちのようなメディアも、「認知症」という言葉の使い方に注意を払うべきですね。
そうですね。本来、認知症は、病名ではなく、「認知機能の低下によって、自立した生活が困難になった状態」を指す言葉です。その意味では、私は認知症ではありません。ところが、認知症という言葉は、病気の種類や進行の度合いを無視して、十把一絡げに病名のように使われています。それが誤解と偏見を生み、本人や家族を絶望と混乱に突き落とします。アルツハイマー病でも正常な思考力を長年保つ方々がいます。認知症とは何なのかをゼロから考え直してほしいです。
――― 樋口さんの著書の中で、「認知症は人災である」という一文が、とても印象に残りました。
もし、誰もが正しく病気や障害を理解し、誰にでも話すことができ、それを自然に受け入れられる社会なら、病気や障害は、障害ではなくなります。私は、認知症を巡る今の問題の多くは、病気そのものが原因ではなく、人災のように感じています。(本文から引用)
私は、不適切な医療と限りなくアウェイな環境が、症状を悪化させ、多くの方がイメージする通りの「認知症の人」を作り出していると思います。私も病名を言った途端に「異常な人」と見られたり「認知症の人に見えない」と言われます。認知症はあまりにも深く誤解され、イメージは最悪です。でもそれは全くの誤解なのです。低下する脳の機能も、ごく一部なんです。
介護する人へ。一緒に学んで、一緒に笑って過ごしてください。
――― 認知症介護に携わる人に向けて、伝えたいことを教えていただけますか?
まずは、病気や薬のことを知ってください。病気の症状や薬の副作用についての知識は、強力な助っ人になります。また、この病気はストレスで悪化します。何も分からないように見える時でも周囲の事は理解しています。人として扱われない辛さや不安、本物にしか見えない幻視への正常な反応を狂人扱いされることなどで悪化します。
逆に、安心できる環境で、人と笑い合って過ごすことが、一番症状を改善することを身をもって体験しました。私の夫は、神経質にならずに今まで通り普通に接してくれますし、よく笑わせてくれるので、救われます。一緒に笑うほど、お互いが楽になっていきます。これは、病気を問わず言えることだと思います。
――― 最後に、本を通して伝えたいメッセージをお願いします。
私が診断を受けた頃は、若年性レビー小体型認知症についての情報は殆どなく、「進行が早く、短命」等、絶望的なものばかりでした。
でもそれは全く違います。副作用に気をつけた慎重な治療と適切なケア、様々な努力で症状は大幅に改善します。良い状態を長年保つことも可能です。希望のたくさんある病気なのです。認知症も含め、あらゆる脳の病気、障害への誤った見方が変わっていくことを強く切実に願っています。
★今回お話を伺った方
●樋口 直美(ひぐち なおみ)さん
1962年生まれ。30代後半から幻視を見た。41歳でうつ病と誤診される。薬物治療で重い副作用が生じたが、約6年間誤治療を続けた。2012年、幻視を自覚し検査を受けたが、診断されなかった。2013年、症状から若年性レビー小体型認知症と診断され、治療を始めた。現在は、自律神経障害以外の多くの症状が消え、認知機能は正常に回復している。2015年1月、東京での「レビーフォーラム2015」に初登壇した。2015年7月、自身の闘病記録をまとめた著書『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』(ブックマン社)を出版。本著は、NPOオレンジアクト 2015 認知症フレンドリーアワード入賞および日本医学ジャーナリスト協会賞の書籍部門で優秀賞(2015)を受賞。
★新刊『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』に寄稿された樋口さんのコラム
https://note.mu/hiiguchinaomi/n/n3cd267828a0d
★レビーフォーラム2015 樋口さん講演動画(「認知症スタジアム」動画ライブラリーより)
dementia.or.jp/library/8442/
★レビーフォーラム2015 樋口さん講演スライド

認知症ONLINE 編集部

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