「認知症で良かった」と思う3つの瞬間

認知症で良かったこと

「40kaigo」という名前でコラムを書いてきましたが、「くどひろ」という名前に変更することになりました。今後ともよろしくお願い致します。認知症介護をしていると、イラッとする瞬間がある一方で、「認知症でよかったなぁ、認知症で助かった!」という場面に出くわします。どんな時にそう思うのか、いくつかの実体験をご紹介します。

重い病気やケガを忘れてくれてよかった!

亡くなった祖母は89歳の時、病院のベッドから転落して大腿骨を骨折しました。太い金属のボルトを入れたのですが、本人は全く自覚がありません。

くどひろ:「なんかさ、痛いところない?」
祖母:「ないよ、どこも痛くない」

祖母は子宮頸がんでもあったのですが、こちらも最期まで痛がることはありませんでした。もし認知症じゃなかったら、骨折の痛みを思い出しながら、亡くなるまでの1年間つらい思いをして過ごすところでした。余命半年という告知も、認知症でなかったらしていたかもしれません。余計な心配をせず、最期を迎えられた・・・認知症でよかったな、そう思った瞬間でした。

ケンカしても、翌日にはケロッとしててよかった!

母とケンカすることはあまりないのですが、ゼロではありません。時にはイラッとして、つい言い過ぎてしまうことがあります。

「あぁ・・・言い過ぎてしまったなぁ・・・」

しかし、翌朝。母は言い争ったことをすっかり忘れて、

「おはよう、ひろ。パンは何枚にする?」

わたしは母を見た瞬間に、昨日言い過ぎたことが頭をよぎるのですが、母は全く覚えていません。普通なら、気まずい朝を迎えているところです。認知症でよかった・・・そう思う瞬間です。

親としての役割が残っていてよかった!

あまりに動かなすぎて、ついには生活不活発病になってしまった母。料理も、起きていることもいやになり、1日中寝る日々が続きました。本人はそんな状態になった事も分かってません。そんな母に、

「今日って、夕ご飯どうするの?」

というと、寝ていた母がおっくうでもなんとか起き上がろうとするのです。

「息子のために、料理を作らねば!」

しばらくするとまた寝てしまうのですが、再び夕ご飯の事を聞くと頑張る母。認知症になっても親の役割を果たそうとする姿をみて、親としての本音が見えてよかった・・そう思いました。

日々ストレスを抱えながら認知症介護をされている方も、ふとした瞬間に「認知症でよかった、認知症で助かった!」そう思えることってあるのではないでしょうか?もしそう思えない方も、そういった瞬間を見つけることで、介護ストレスが和らぐのでは?そう思います。

今日もしれっと、しれっと。

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工藤広伸(くどひろ)
1972年生まれ。ブログ「40歳からの遠距離介護」など執筆を生業にする介護作家・ブロガー。祖母(要介護3)と母(要介護1)のW認知症&遠距離介護からスタート。父(要介護5)も在宅介護して看取る。成年後見人経験者、認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。現在も東京と岩手を年間約20往復しながらしれっと遠距離介護中。

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