認知症だと診断されたら、遺言は書けませんか?【お悩み相談】

今回から始まりました、弁護士芳賀由紀子のお悩み相談室。認知症にまつわる「こんな時どうすればいいの?」というお悩みに、弁護士の視点からお答えします!

芳賀由紀子のお悩み相談室

認知症だと診断されたら、遺言は書けませんか?

悩む女性83歳の母と同居しています。この頃、母はもの忘れが多く、同じことを何度も繰り返して話します。もしかすると、初期の認知症なのではないかと心配しています。私には妹が1人いますが、10年程前から私たち家族とは訳あって絶縁状態です。将来家の財産を妹に相続させるのは嫌だと母も話しており、いよいよ母に遺言を書いてもらうよう、頼もうと思います。

ただ、もしも母が認知症であると診断されたら、遺言は無効でしょうか?遺言を機能させるために、方法があれば教えてください。父は30年程前に死別しています。

弁護士の回答

相続人の認知症発症が疑われる場合の遺言については、悩ましい問題ですね。今回は、お母様が認知症と診断された場合とされなかった場合で、遺言の効力が大きく変わってきますので、順を追って解説します。

認知症と診断されなかった場合は、遺言は原則として有効です

遺言が法的効力を有するためには、遺言者に、遺言作成時に自分の行為の結果を判断できるだけの精神的な能力がなければなりません。これを遺言能力と言います。法律(民法963条)も「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と規定しています。

認知症の専門医から「認知症ではない」という診断がなされ、お母様が自分の行為の結果を判断できる状態であれば、そのような状態でなされた遺言は有効といえるでしょう。(ただし、法律的に不備のない遺言書である必要があります。)

認知症と診断されると、遺言の効力は原則認められません

「認知症である」と診断されてしまった場合、その程度にもよりますが、遺言書の効力は多くの場合否定されることになります。それは、認知症が、下記のような症状を引き起こすと判断されるためです。

  • 記憶障害や見当識障害、判断力の障害を引き起こす病である
  • 「自分の行為の良し悪しが分からない」状態になり得る
  • 「自分の行為の結果を判断できない」状態になり得る

法的効力のある遺言をするためには遺言能力が必要です。認知症が進行し、自分の行為の結果を判断できず有効な意思表示ができなくなった状態では、原則として遺言能力があるとは認められず、そのような状態で書かれた遺言は無効となってしまうのです。

認知症が「軽度」の場合は、遺言が有効になるケースも

もっとも、「認知症である」と診断されている場合でも、認知症の症状が軽度であり、本人が自分の行為の結果を判断できるだけのしっかりとした遺言能力がある時に遺言書が作成されたと証明できれば、遺言書は無効とはなりません。たとえば、そのような内容の医師の診断書や詳細なカルテがある場合などです。

とはいえ、初期の認知症が疑われる状態で書かれた遺言書は、その内容に納得がいかない他の相続人から「認知症が進行した状態で、自分の行為の結果を判断できない状態でなされた遺言だから無効である」と争われる可能性が非常に高く危険です。よって、遺言者に遺言能力があったことを証明できる証拠(医師の診断書やカルテなど)をきちんととっておくことが大切です。

妹が相続財産を求めてきた場合の対策

今回のケースでは、お母様は「将来家の財産を妹に相続させるのは嫌だ」ということで、すべての財産を相談者の方に相続させる旨の遺言書を作成するおつもりでしょう。しかしながら、ここで注意したいのが「遺留分」という制度です。

遺留分というのは遺言によっても自由に処分できない財産のことで、相続人の間の不公平を防止するため、民法によって一定の相続人が最低限度の財産を相続できることを定めたものです。今回のケースでは、妹さんには遺留分があり、法律で認められた4分の1の割合を請求してくる可能性があります。(遺留分減殺請求といいます)そして、この遺留分減殺請求がなされれば、たとえ「全ての財産を相続させる」という遺言があっても、相談者の方は4分の1の相続財産を妹さんに与えなければならないことになります。

どうしても妹に相続させたくない場合は、「遺留分の放棄」を

よって、遺留分を侵害しない形で遺産分割を考えるのが、残された相続人が揉めないためには一番有効だと考えます。しかしながら、どうしても遺留分を侵害する形の遺言をしたい場合には、事前に遺留分を侵害される相続人に「遺留分の放棄」をしてもらうという方法が考えられます。相続の放棄は生存中にはできませんが、遺留分の放棄は家庭裁判所の許可を得ればできます。遺留分を侵害する遺産分割をしたいのであれば、この手続きをしておくべきです。

スムーズな相続のために今から準備すべきこと

現在のお母様の状態は「もの忘れが多く、同じことを何度も繰り返して話す」など、認知症が発症していることを疑わせます。後々もめないために、下記の準備しましょう。

一刻も早く遺言書の作成にとりかかる

認知症がそこまで進行しておらず、きちんと自分の行為の結果を判断でき、有効な意思表示ができる状態であるのであれば、医師に診断書を書いてもらったうえで、公証役場で公証人に公正証書遺言を作成してもらいましょう。その際、くれぐれも自筆証書遺言は避けてください。自筆証書遺言では本人しか関与しませんが、公正証書遺言では公証人と2人の証人が関与しますので、遺言能力について争いになったときでも有利に働きます。

病院のカルテ、日記、介護記録をとっておく

遺言書作成当時の本人の判断能力を示すもの(病院のカルテ・日記・ヘルパーなどの第三者が作成した記録)をとっておくことも重要です。

とはいえ、認知症の状態で書かれた遺言書は、その有効性をめぐって紛争となりやすく、万全を期したつもりでも、不信感を抱いた一部の親族から不満の声があがり、親族間で長きにわたり裁判で争われることもめずらしくありません。出来るだけ確実に、多くの記録を準備しておきましょう。

さいごに・・・

相続においては、ちょっとしたことから親族間で不信感が芽生え始め、ほんの少しの気持ちのずれからあっという間に紛争は大きくなり、仲の良かった親族が二度と口をきかない間柄になってしまいます。

自分のところは大丈夫と思わずに、一度相続のことについて考え、早めの準備に取り掛かることをお勧めします。

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芳賀 由紀子

芳賀 由紀子

弁護士。大学卒業後JRに入社。法務室に配属され自分のアドバイスで人が笑顔になることに喜びを感じ,一念発起して弁護士を目指す。法科大学院在学中は特待生として授業料免除を受け,その後司法試験に合格。弁護士になってすぐに経験した遺産分割事件で,親族間の凄まじい紛争を目の当たりにし,相続問題に関心を持つようになる。日々の業務の中で多数の相続案件を取り扱うとともに、「ベスト・クロージング」(有限責任事業組合)において、分野の異なるスペシャリストと共に相続&終活のサポートを行う。NPO法人遺言・相続リーガルネットワーク所属。著書に「遺言書作成のための適正な遺産分割の考え方・やり方」(同文舘出版)。その他、共著多数
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