なぜ、「歩くこと」が認知症予防につながるのか?

歩くこと

「歩くことは認知症の進行を遠ざける」ということが最近の研究結果で明らかになりつつあります。逆に、「寝たきりになると、認知症が一気に進行しやすい」ことはよく知られていますね。70代以上の高齢者を対象にした認知機能テストでは、日頃から歩く習慣がある人の方が認知機能が高いことが分かっています。そこで、歩く、ということが脳と心身の間に何が起きているのかを、理学療法士の臨床体験の中から考えてみました。

「歩く」ことはユマニチュードの柱のひとつでもある

現在、新しい認知症ケアとして、医療と介護の現場で注目を集めているユマニチュードでも、「歩く」ことは、認知症の進行を防止するうえで欠かせない条件としています。ユマニチュードの考案者であるイブ・ジネスト氏いわく、「自分の足で立つことは、人間の尊厳を自覚する行為」。ユマニチュードでは、最低1日20分間、立つことを目指していますが、そのことは理学療法的な観点からも、理にかなっています。

参考記事:暴言が消えた!魔法みたいな認知症ケア「ユマニチュード」って?

歩行が脳内のアセチルコリンを活性化し、血流を良くする

歳を取ると、脳内の血の巡りが低下します。一方、物事を記憶したり、判断したり、脳の機能を正しく使うためには、脳血流が活発でなくてはいけません。この血流に重要な影響を及ぼしているのが、脳内の神経物質であるアセチルコリンです。アセチルコリンの働きを高めると、記憶をつかさどる海馬や、大脳皮質の血管が広がり、血流がよくなります。そして、このアセチルコリンは、「歩く」ことで活性化するのです。

「行きたいところに行ける」、「他の人に助けられなくてすむ」

医療機関では、脳卒中や骨折などの手術後の患者様が日常生活に戻るために、歩く練習のリハビリをすることがあります。その患者様のリハビリを進めていって一人で歩き始めた時、ものすごく素敵な笑顔になります。患者様の感想として、

「自分の足で歩けた」、「行きたいところに行ける」、「他の人に助けられなくてすむ」

などが経験上よく聞かれます。自分の足で歩くことが、自身のプライドに大きく影響することが分かる感想です。先ほど解説したユマニチュードの「人間の尊厳を自覚する行為」ということにも通じますね。

歩くことで脳に圧倒的な情報量が入ってくる

それでは、実際に歩いてみましょう。できれば、よく歩くところ、例えば、家や職場の周辺、よく行く買い物するところや金融機関など、何か目的や用事のために歩き出します。
歩きながらでも、歩いているのを思い出しながらでもかまいません。そのとき、何を感じて、何を考えていますか?

じっとしている時 歩いている時
見えるもの 止まっている 動いている
聞こえるもの 周りにある音 選択可能な音
体のバランス 真ん中に保持 左右前後に移動
筋肉の状態 緊張している 緊張と緩和の繰り返し
呼吸・心拍 ほぼ一定 リズミカル
行動 受動的 能動的

体感してわかることだけでも、ざっとこれくらいは挙げられます。特に外を歩いている時には、温度や湿度、風の当たる感覚、店舗や車などからの音や匂い、など変化する環境からの情報量は非常に多様で多くなっています。動いていることにより変化する情報が脳に入力され続けているのです。

徘徊も、失われた記憶や不安を補おうとする本能的な行為?

認知症の行動・心理症状(周辺症状)のひとつに「徘徊」があります。(ここでは、目的もなく彷徨うように歩いているようなことを「徘徊」の定義とします。)最近では社会問題としてニュースに取り上げられることも多い徘徊ですが、これも、仮説として認知症になって失われた記憶や不安を補おうとする、人間の本能的な行為なのではないかと思います。

歩くことは、物理的な情報のみならず、生活場面のあらゆる情報を受け取ります。周りを観察して以前の状態と比較したり、気になる特定のことに注意を飛ばしたり、記憶に照らして感情に起伏が生じたり、など様々な体験が生じます。

「ここはどこなのか」「住み慣れた家に帰らなくては」という認知症の人の心理が徘徊を引き起こしている場合、歩くことで結果的に自身の気持ちを整理することにもつながるのではと思います。

「脱・寝たきり介護」が、認知症ケアの未来を明るくする

昨今、陽の目を浴びてきているユマニチュードによる認知症への関わり方は、ある意味大きなチャンスだと思います。もちろん、無理やり歩かせるのは、認知症を悪化させる要因になりかねません。ただ、本人が歩きたいと自ら望んで、楽しみながら歩いてもらえる介入の仕方はとても大事です。理学療法士の視点からも、介入の手順や介助の方法などとても素晴らしいものを感じました。

「転ばせたてしまったら危ないから」と、認知症の方を座らせたままにしておいたり、ベッドに寝かせたきりにしておくのでは、認知症の症状は深まるばかりです。本人も、介護者も、双方が「歩くことの大切さ」を意識すること。このことが介護現場に浸透すれば、ケアする側もケアされる側も望ましい状態になっていくのではないでしょうか。

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道祖 崇正

道祖 崇正

理学療法士。介護保険前から訪問リハビリなどをする中で、時代とともに家族・事業者・地域の意識や取り組みの変化を体感してきました。今でも、本人の使われていない能力を高めて、家族の介護負担感を減らしていく、ということに尽きることはありません。理学療法士も認知症の方たちと寄り添いながら仕事をする時代になっています。お役に立てることからはじめて行きたいと考えています。
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