もしかしてネグレクト?認知症高齢者と介護家族の心の距離を慮る

慮る認知症ケア2

リッチャー森脇美津子です。昨今話題になっている介護虐待ですが、そのひとつに「ネグレクト」と呼ばれる介護放棄があるのをご存知でしょうか?介護が必要な親と同居しているけれど、身の回りの世話をせず、放置する。家族自身に、こうしたネグレクトをしているという自覚がないケースも多い現状です。デイサービスでは、利用者の服装や私物を目にするので、そこから家族間での介護の状況が垣間見えることがあります。今回は、私が日本のデイサービスで所長をしていた時に出会った、認知症高齢者Nさんのお話です。

「朝、一番先にお迎え。夕方、一番後にお送り、対応していただける?」

デイサービスで所長を任されたばかりの頃、利用者のひとりNさんのご家族から要望をいただいた。「朝一番にお迎え、お送りは夕方の一番遅くに」つまり、預かれるあいだ中はずっと預かってほしい、という要望だ。Nさんのご家族が希望しているのは、週2回のデイサービス利用。Nさんは、心臓疾患と視力の低下、膝の変形、軽度の認知症(要介護度2)と診断され、最近娘夫婦と同居し始めたところだという。

送迎時間について、毎回オーダーがつくのは珍しいケースだ。けれど、Nさんのご家族の希望をなるべくベストな形で叶えたい。そう考えた私は、「大丈夫です!」と返事をし、Nさんの受け入れが決まった。

いつも空腹。汚れたままの下着。もしかして、ネグレクト?

「おはようございます。待ってたんよ、足の運動してたんよ。」
冬の始め、気温が低い中、Nさんは歩行器を使い歩いたり、足の上げ下げをしながら外で待っている。何気ない日常の一コマのようであるが、心臓疾患を持つNさんにとっては、命取りの危険な行為だ。送迎職員からの不安の声を聞きながらも、Nさんは自分の意思を曲げない。娘夫婦に家の中で待ってもらえるように話をしたいものの、娘夫婦は共に仕事で忙しく出会えないそうだ。

他の利用者さん宅を迎えにいく車内で、Nさんはいつも明るく優しく楽しくしているという。「人との触れ合いが少ないのかな。」と頭をよぎる。また、食事やおやつの時間の際に「空腹なんだな。」と毎回感じる。

この違和感、外れていますように。

「思い込み」に走ってはいけないと自分で考え直し他の職員からの話を待っていると、入浴の際に見る下着や衣類について意見が出る。洗濯が出来てない様子、かなり古くなっている、と。このような諸々は、繊細且つ個人の習慣や感覚の問題なので指摘するなんてなかなか出来ない事だ。さあ、どうしようか。

介護記録は、「具体的」に「主観を添えて」書く

私たちデイサービスは、多職種の職員が集まるチーム。日々違うメンバーと共に仕事をすることが多い。お互いに利用者さんの情報や状況を聞き、自分の職種の専門的な見解をそれぞれ伝えること、つまりチームの連携が何より大切だ。
Nさんを受け入れるにあたって、職員皆でいくつかのルールを決めた。

  • 必ず約束した時間に遅れず迎えにいく
  • 迎えの際は、「お家の中で待っていてくださいね」と事前に伝えておく
  • 食事、おやつは遠慮しがちなNさんの気持ちを察し多めに提供する
  • 毎回の介護記録にNさんのことを“具体的に”、“主観を添えて”書く

一番注力したのは、最後の4つめのポイント。Nさんは、おそらく家族との関係性が希薄で、ネグレクトを受けている可能性もある。そこで、介護記録には本人の言動が分かるように、詳細に書くことをルールにした。例えば、「家のお風呂は綺麗過ぎて、まだはいったことがない、と話されました。施設の入浴はゆっくりと入られるので、入浴自体はお好きだと思います」と、はっきり書く。「自分はこう感じました」と、職員の主観を添えることで、Nさんと接する時に常に職員が想像力を働かせることになる。ルーチンワークに陥りやすい介護記録を有効なものにしたかったのだ。

また、もし、Nさんと同居している娘夫婦の間に問題が起きた場合に、介護記録を証拠材料にする、という狙いもあった。

気持ちを満たす前に、まず小腹を満たす

それから、「ちょこっと減った小腹」を満たすサービスもはじめてみた。毎回、朝デイに到着されたら、おかき、かりんとう、チョコレート、甘納豆などとお茶を一緒に出す、といった具合だ。こうした朝おやつは、本来介護保険サービスの範囲には含まれてはいないけれど、小腹を満たすとホッと落ち着くようで、Nさんにも、他の利用者さんにも好評だった。

施設の朝はどうしても、手洗いうがいやトイレ、血圧測定等あわただしい時間になりがちなところ、甘いものを出すことで、施設の雰囲気がちょっとよくなる。

Nさんと娘夫婦の関係に、雪解けが訪れた!

ケアマネジャーから利用日を増やして欲しいと話があったのは、利用を始めてから2ヶ月が経った頃だ。娘さん夫婦から連絡が有り、Nさん自身から話があり、決めたという。「姉ちゃんら、ようしてくれるねん。もっとデイサービスに行きたいな。」

聞けば、Nさんが自分の思いを、娘夫婦に打ち明けることができたのだという。
Nさんの主張は次のような内容だった。

  • 一人暮らしが長く、歳を重ねてから娘夫婦の新居で同居するのは抵抗があった
  • 綺麗な新居にいる年老いた自分が、みすぼらしく思えてならなかった
  • こんな綺麗な家が私のせいで汚くなってしまう、という遠慮があった
  • 軽度の認知症と診断された事もショックだった
  • 家に居る時間を少しでも減らしたくてデイサービスを利用し始めた
  • 劣等感や申し訳なさから、娘夫婦との関係に大きい溝を作っていた
  • デイサービスで色んな人と関わるうちに、そうした自分の態度が間違っていたと気付いた

これだけのことを娘夫婦に打ち明けることは、とても勇気が必要だったことだろう。娘さんも、「母親がここまで思いつめていたとは分からなかった。これからは、生活のことや身の回りのこと手伝っていく」と話してくれた。慌ただしい「暮らし」の中で、そのままにしていた諸々が片付いていく様子が見えた。デイサービス事業所として、そのきっかけになれたことは本当に嬉しく思う。

今回のケースは、明確なネグレクトではなかった。けれど、Nさんが本音を打ち明けられなければ、娘夫婦との溝はさらに深まり、介護を放棄する自体に至っていたかもしれない。私たち介護者は、そうした変化に誰よりも敏感でいなければいけないと思う。

後記
それぞれの利用者さんの持つ、それぞれの今までの暮らし、今の生活を見極めながら、ご本人と家族の思いを察すこと、叶えることができるよう支援していくことが大切なひとつの職務だと思います。なお、利用者様ではなく〜さんとさせていただきました。

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リッチャー森脇美津子

リッチャー森脇美津子

看護師、介護支援専門員。大阪府出身。日本在住時、看護師として臨床と訪問介護に約15年携わる。その後、行政技術吏員(市役所 健康福祉課 基幹型介護支援センター勤務)として僻地での訪問診療、看護、基幹型支援センター事業に携わる。古民家茶房 「咲良乃実(さくらのみ)」店主。現在は、スイス東部にある介護施設「Pflegeheim Werdenberg」にて勤務。(看護職員)日本人ボランテイアループのケアチームジャパンの副代表も務める。
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