認知症と診断されて分かったこと

認知症と診断されて分かったこと

はじめまして。2015年7月に大学病院でアルツハイマー型認知症と診断されました、夏みかん(69歳)です。認知症当事者として、自分の考えをまとめるために、また、家族のために、同じような経験や悩みをもつ人のためにも、なにかのヒントになるかもしれないと思い、私の日常や考えることを発信していこうと思います。今回は、認知症と診断された自分が感じている、認知症のイメージについてです。

もし、認知症じゃなくてガンだったら

認知症じゃなくてガンだったら、同じように死にいたる病でも、人の反応が違いますよね。認知症とガン、対比してみるとずいぶん差があることにびっくりです。

もし、友人がガンと告白したら誰でも心配してくれる、そして、なにかできることがないか協力もしてくれるでしょう。でも、もし、認知症・アルツハイマーだと告白したら、みな「えっ!」と後ずさり、思わず相手をみてしまう。そして、そそくさとなにか適当なことをいって、関わり合いにならないようにするかもしれません。あるいは、「あなたは、そんな風にみえない」などとなぐさめてくれるかもしれないけれど、なにか重要な人と人の関係をなくしてしまうのではないでしょうか。

ガンなら、余命何年と言われると、きっとだれもが心を痛め、同情するでしょう。なかには、余命宣告されたことを逆手にとって、悔いのない生活を過ごすため夢中になる人もいて、周囲ももちろん、彼第一の生活を容認し、わがままもゆるして応援さえします。でも、これが認知症だったら、どうでしょうか。ほんとうは認知症のほうが、ずーっとひどい未来なのに。

介護のお仕事

認知症があると信用されなくなってしまう

ひとつには、社会の通念として、認知症という病気に差別があります。自分も人も時間も空間も、ものごとも言葉もわからなくなり、人格さえも変わってしまうかもしれない、脳の病気ゆえに、その人がその人でなくなってしまう。なんて恐ろしいことでしょうか!

もし、わたしがアルツハイマーにかかっていると知ったら、私の言動は信頼されなくなってしまう。だから私は、仕事仲間だけでなく、10年、20年と続けている2つのボランティア仲間にも、アルツハイマーと診断されたことは言っていません。なにをいっても、なにを約束しても、なにができるといっても、信用されなくなってしまうから。これって、ひどくない?

薬とうまく付き合うことで、驚くほど良くなる

現在も仕事はつづけているし、むしろ、昨年の今頃より、よっぽどテキパキとやれていると自覚しています。思えば、昨年中はどうにも力がでない、おかしい1年でした。