幸せな「胃ろう」のカタチ ~生きることを楽しむための胃ろう~

嚥下障害や口から食事のとれない方に、直接胃に栄養を送り込む「胃ろう」。日本は胃ろう大国と呼ばれる程、胃ろうを作ることが主流になっています。その一方で、昨今の報道等では『胃ろうの是非』について問われる機会も増え、胃ろうは「悪いもの」、「過剰な延命措置」とマイナスに捉えられることが増えてきました。

ただ、私の今までの経験からいくと、そうとばかりは言えないような気がします。私が「幸せな胃ろう」のあり方について考えたきっかけは、有料老人ホームで介護職をしていた時の、ある利用者さんとの出会いでした。

口から食べられる胃ろうもある

よく「胃ろう=口から食べるのは絶対無理」と言われますが、実はそうではありません。胃ろうをしながらも、食べられる範囲で口から食べることは、嚥下リハビリの一環として推奨されつつあります。

私が、有料老人ホーム勤務時代に出会った利用者Aさんも、胃ろうをしながらも少しずつ口から食べ、嚥下リハビリをしていた一人でした。Aさんは当時車椅子で生活する要介護3。誤嚥性肺炎のため、胃ろうを入れることになったものの、「死ぬまでに自分の好きなものを食べ続けたい。何があっても自分の責任だからいいんだ!」と常に言っているような自立心の強い方でした。

胃ろうを作ったAさんの夢「普通の居酒屋にいきたい」

当時私が勤めていた有料老人ホームでは、食に関するレクリエーションが盛んでした。施設内にカウンターを設えてお寿司屋さんを作って食べてもらったり、居酒屋風の屋台を作って皆さんにお酒を楽しんでもらったり、年に1度の夏祭りではビアガーデンを開いたりしてお酒を飲みながら楽しい時間を過ごす機会を積極的に設けていました。そうした場では、医療とも連携し、よほど嚥下困難な方を除いてイベントの際は特別にビールにとろみを付けたりして飲んでいる胃ろうの方も何人かいたりしたのです。

Aさんもお酒が好きで、年に数回あるこれらのイベントを楽しみにしていました。しかし、所詮施設は施設、外のお店に入ってお酒を飲むのとは訳が違います。

「たまには外に出たい。少しでいいから普通の居酒屋で皆で楽しく飲んだり食べたりしたい。」

そう自分の夢を語ってくれるようになりました。当時はAさんの体調もかなり良く、スタッフも潤沢にいたことから、ケア主任も巻き込んでこの方の夢を叶えてみようということになり、実現に向けて動き出すことになりました。

嚥下リハビリには、家族の理解とスタッフの協力が不可欠

当然ながら、普通の居酒屋で出すメニューは、介護食とは程遠いものです。胃ろうをしながら食べるには、誤嚥性肺炎等のリスクも伴います。Aさんの夢を叶えるには、ご家族の理解と、当日何かあっても大丈夫なようにスタッフの体制を整えることが必要でした。

交渉の結果、無事にご家族からは「彼の性格は分かっているつもりです。出来る範囲で本人のやりたいようにやらせてあげてください。」と了承を頂き、施設の看護師からも「もし体調の急変があってもきちんと対応するから大丈夫」と言ってもらうことができました。そして夏のある日の夕方、居酒屋行きが実現することになったのです。

食べることは生きること。とろみ無しのビールを飲むAさんの笑顔

当日、Aさんと私ともう一人のスタッフで、施設のすぐ側にある居酒屋に行きました。トロミのないお酒に、香ばしい焼き鳥…私たちが頼んだのは、まさにAさんが夢だと語った「普通の」居酒屋メニューでした。

Aさんは、特にむせたりする様子もなく、ちびちびとお酒を飲みながらゆっくり食事を楽しんでいました。終始笑顔で、いろいろな話をしてくれたように思います。後から合流したスタッフもとても楽しそうにこの方とお話ししたりお酒を楽しんでおり、「連れてきてくれてありがとう」と、とても感謝されました。

結局、特にトラブルもなく、1時間程度で切り上げ、再度機会を設けようという話もありましたが、その後職場の体制が変わってしまい、なかなか実現が難しくなってしまったためこれっきりになってしまいました。ただ、今でもその時のAさんの笑顔は忘れられません。私も一緒に楽しませてもらいました。

生きるための胃ろう、という選択はある

Aさんのように、嚥下機能のリハビリテーションを受けられる余地がある時には、胃ろうはポジティブな栄養投与方法であるといえます。

「出来る限り口から食べたい」というのは誰しもが考えることですが、本当に食べられなくなって、体力的に胃ろう造設の手術に耐えられなくなってしまうと生き延びるという選択肢がなくなってしまいます。そうなると、状態が悪いときは胃ろうから栄養を補給し、状態のいい時は口から食べるという方法が取れなくなってしまうのです。

最終的には本人とご家族の考えによりますが、きちんと自分の寿命を全うするという点では、胃ろうも決して悪い選択ではないと私は思います。自分が今後どう生きて、どう死んでいくか、一番いい方法をよく考えて選択するのが一番だと思います。

そのためには、世間のイメージで「胃ろうは悪いもの」と安易に判断するのではなく、私たち自身が胃ろうについてもっと知る必要があるのではないでしょうか。

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佐藤 瑞紀

佐藤 瑞紀

元有料老人ホームのケアマネジャー。22歳で大学卒業してから約12年、老人福祉の世界で経験を積む。約10年介護士として高齢者と関わり、その後生活相談員を経てケアマネジャーとして着任する。高齢者1人1人とコミュニケーションを取りながらケアプランを作成することで、QOLの向上が少しでも実現出来るように考えてきた。現在は結婚を機に退職しており、主婦として日々奮闘中。
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