被害妄想が強い認知症のSさんの心をほどいた“慮るケア”とは

はじめまして。私は今スイス東部にある「高齢者、障害者介護施設」で看護職員として働いているリッチャー森脇美津子と申します。元々、日本では看護師やケアマネジャーとして介護の現場に携わってきました。日本の医療、保健、介護の現場を離れて見えてきたことや、数々の思い出を振り返りコラムにしていきたい、そして、スイスで感じる日々のあれこれを綴りたいと思います。テーマは、「人を人として慮るということ。」です。

第一回目は、日本でケアマネジャーをしていた時に出会った、認知症を患いながら独居の高齢女性のお話です。

介護保険は申請したら、誰か何とかしてくれる?

夫を亡くした後、一人で生活をしていたSさん。近隣の方々から苦情や心配の声が民生委員や行政に届くようになった。「急激に痩せて人付き合いをしなくなった」「訪問すると罵られた」とのこと。地域の不安の声が高まる中、遠方に住む息子さんから介護保険が申請があった。先にケアマネジャーを選定しサービスを利用させたいとの旨。

担当した私は、Sさん本人が認定調査や医療機関の受診について納得しているのか、要介護度が出た際に制度内のどのサービスを利用したいのか、できるのか、疑問に感じた。それらを再度家族に確認したのだが、理解協力は得られずじまいに終わった。「介護保険神話」。とりあえず申請したら。誰か何とかしてくれるのでは?周りのそんな気持ちはわからなくはない。でも、Sさんを、見つめないと進める訳がない。どこかにある関わりあえる糸口を見つける為に。

「会いたくない」訪問を拒否される日々

Sさんの家族との介護保険申請は保留。訪問では、Sさんに会う事は出来ず、家の中からテレビのボリュームを上げたり、怒鳴られたりで姿も見せてくれない日々が続いた。近所のスーパーで同じ食品を大量に買い込むとの話から「頭の中で何かが起こってる」との確信を得た。ケアマネージャーとして、とにかく訪問しかない。いつか会える、いつか話せる、きっと。でも、どないせー言うねん、、、、。

食べること、から切り込んでみる!

もつれた糸をほどいていくには、、そう!不安のひとつは命の危機で、食べることなんだと気づいた。訪問の後、必ず家族に電話やファックスで連絡し理解を深めてほしいと願った。そして、お弁当を週に3回届けるという一般高齢者へのサービスを利用することにした。

「Sさん宅に届けるお弁当、私が配達させてください」

本来もちろん、弁当配達はケアマネージャーの仕事ではないが、Sさんとの距離を縮めるため、そう申し出た。結局それが、Sさんと対面できるきっかけになった。

近づいたSさんとの距離

お弁当配達の日、Sさんは空の弁当箱を洗い、代金と共に玄関に用意して待っている。私は思い切って帰り際に尋ねた。「体の調子が前よりも良くなっておられるみたいですね。」と。すると、

「血圧高いけど、薬飲むの忘れて山になってる」
「泥棒が居る」
「車に乗ってる鬼から守らないといけない」
「首相と運動会で二人三脚した」

と、短い言葉で話し始めた。頭の中で起こっていることを、確かめたくては。Sさんが信頼して月に一度通う、かかりつけ医と相談することにした。

医者も私も俳優(笑)

先生は数十年Sさんを診察されていた。診察に係る時間は10分ほどで、様子の変化には気づいておられなかった。Sさんは、先生からの助言なら受け止めてくれるかもしれない。「いきさつ」と「これから」についてケアマネとして思いを先生に語った。「演じてみましょうか」と先生。先生とSさんのように、先生と私も深い信頼関係にあることを、Sさんの前で示すことを計画した。認知症の疑いについても検査診断を行う旨を約束した。

一人ずつ、地道に、介護の輪を広げていく

「お弁当配達の人は敵ではないらしい」とSさんが感じ始めているのを察した私。弁当配達以外の日も、Sさんを見かけたら声をかけた。少しずつ笑顔を取り戻したSさん。次にSさんを包む支援者の輪を広げたい、暮らしを支える為に。今後、介護保険サービスを利用するなら、薬の管理からと思っていた私は、弁当をヘルパーさんと二人で配達した。「私が忙しい時は、この人がくるからね。」にっこり頷くSさん。こうして介護の輪は少しずつ広がっていった。

介護保険だけで支えることは難しい?

認知症になった場合、介護保険を申請し一連の流れに沿い、デイサービス等のサービスを利用する、つまり新しい環境に飛び込み慣れていくことは不安で大変な事と思う。認知症疾患を、特別な病気ではなく、高血圧症や糖尿病などの疾患と同等に捉えたら、その方の暮らしや生活、習慣に生活に注目することができる。私たち介護者の役割は、そこに差し障りの有るところを挙げ「補っていく」こと。ただ、そうしたことは、現行の介護保険サービスだけでやりきることは難しい。

やっぱり人なんです。

お弁当の配達は、ヘルパーさんがボランテイアで行い、他のヘルパーさんや行政の認定調査員をSさんに紹介して行き、介護保険申請、調査、認定と流れるように進んだ。息子夫婦も少しずつSさんや私たちとの距離や関係も円滑になってきた。一日一回の訪問で日時はお弁当配達時と同じ。その際に高血圧、認知症治療薬服用を促すことにした。第三者が介入することで近所の方々もSさん宅を訪問し始めた。人の力って素晴らしい。そして、お互いに関わる瞬間の「旬」の「間」を逃さず見極めること、本当に大事だ。

認知症の症状が悪化した本当の原因

ある日、また国道端の庭に佇むSさんを見つけて声をかけると、Sさんは穏やかな優しい顔で話しだした。

「あの時、私が急いで道に出たから…」

庭の隅には小さなお地蔵様。70年前、Sさんを追い事故死した8歳の娘を弔っていると云う。年老いていく中で、今までできていたことが出来なくなり、すぐ物事を忘れてしまう。頭がおかしくなったのではないか、これからどうしよう。ここで娘を守れるのは自分しかいない、、、そんな不安がSさんを孤独にさせたのだろう。

初期の「認知症」をこの孤独という感情と低栄養という環境が悪い方向に導いてしまったのではないだろうか。胸が痛くなった、Sさんの「行動」には、こんな悲しく切ない母親としての「物語」から来る「意味」があったのか、、、。

その人が生きてきた道に寄り添うこと

Sさんに関わっている介護保険サービス提供者、かかりつけ医、息子さん家族、ご近所の方々、民生委員さんで集まり、様々な立場からいろいろな思いを話し合った。共にSさんを一日でも長く、この家で過ごす事ができるように、それぞれが自分達の関わり方で支えていく。漠然とした方向性だがSさんの「願い」を心に何とかやって行こう、と皆で感じた。これからも、寄り添っていこう、と。

Sさんの一件で学んだこと。それは、介護において、その方の人生を振り返ることがその方を支える方法を見い出す第一歩だということです。介護保険制度という太い柱だけでなくまずは小さな爪楊枝のような人の思いから重ねることの大切さを教わりました。

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リッチャー森脇美津子

リッチャー森脇美津子

看護師、介護支援専門員。大阪府出身。日本在住時、看護師として臨床と訪問介護に約15年携わる。その後、行政技術吏員(市役所 健康福祉課 基幹型介護支援センター勤務)として僻地での訪問診療、看護、基幹型支援センター事業に携わる。古民家茶房 「咲良乃実(さくらのみ)」店主。現在は、スイス東部にある介護施設「Pflegeheim Werdenberg」にて勤務。(看護職員)日本人ボランテイアループのケアチームジャパンの副代表も務める。
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