普通の介護家族に「殺意」が生まれる瞬間のはなし

by くどひろくどひろ 24224views
【アイキャッチ】介護と殺意

日々繰り返される痛ましい認知症殺人の事件。ニュースを見るたびに、あってはならない!と強く思う一方で、どこか分からなくもない自分に気づく事ありませんか?今日はそういった「殺意」について、考えてみます。

一生懸命な介護の先にある「殺意」

人間誰もが、自分以外の相手をコントロールすることができません。なので日常において、ある程度の予測をしながら生活をしています。しかし認知症ご本人の行動は、その予測の範囲を超えることが多く、その対処に苦労します。

なぜこのタイミングで怒り出すのか、なぜそんな作り話をしてしまうのか・・・予測不可能な毎日に介護者は混乱を極めます。そんな日々に疲れ、精神的にも経済的にも余裕がなくなってくると、介護から逃れたい気持ちは一層強くなっていきます。

さらに社会から孤立し、誰にも相談できない環境になってしまうと、自然と「死」という言葉が頭に浮かんでくるようになります。一生懸命介護しているはずが、「殺意」へと変化していきます。

矛先は自分へ向かう「自殺」

「人を殺すこと」 は良心に背く行為なので、罪の意識に襲われます。でも、「自殺」は自己完結。正当化できてしまいます。人へ向けられた「殺意」が、今度は自分へ向かいます。でも、実行するには勇気が必要で、そう簡単に実行できるものではありません。

日々そんな事を考えているうちに、今度は 「介護うつ」 へと向かいます。実行する勇気がない人も、この状態に陥ると、病気が実行させてしまう事があります。恐ろしい 「殺意」 のループの完成です。

「もしこの人が亡くなったら、介護生活は終わるんだよな」

と思った事は、わたし自身何度もあります。「殺意」まで行かなくとも、こんな事を頭の中で考えながら、日々暮らしています。わたしだけではなく、介護している人ならば誰もが経験しているのではないでしょうか?

殺意を遠ざける方法。ラクしている介護者を見よう!

一生懸命介護する姿に、同じ介護者として心打たれる事はあります。その苦労に感動する事も多いですし、わたしより大変な人が世の中にいるんだ、頑張ろう!と励まされることもあります。

しかし本当に見るべきは、ラクそうに介護している人の方ではないでしょうか?なぜか楽しそうに介護をしている人、大変なはずなのに自分の生活をしっかり維持している人がいます。

どうやって介護体制を作っているのか、どんなサービスを利用しているのか、メンタルはどう維持しているのかを学ぶことが、「殺意」を遠ざける方法と言えます。

どんなに一生懸命介護をしても、「介護される側の天命」って決まっているんですよね・・・認知症の祖母の死を目の当たりにして、そう感じました。

コラムの最後の言葉、「しれっと」の本当の意味

介護に突入した人を、多くのメディアは悲劇の人として扱います。テレビや雑誌の取材を受けた時も、辛さや大変さを欲しがっているように感じました。わたしは悲劇的に扱って欲しくないし、被害者でもありません。日常を「しれっと」、できるだけ普通に介護も生活もしたいのです。

それは介護を受ける側も同じことで、介護や介助という行為は必要だけれども、それ以外は可能な限り人間として普通に特別扱いせず、「しれっと」対応すべきなんですよね。

介護者である、あなた自身をもっと大切にしてください。自分自身を大切にすることで、「殺意」は消えていきます。

今日もしれっと、しれっと。

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くどひろ
1972年生まれ。ブログ「40歳からの遠距離介護」を運営する息子介護作家・ブロガー。祖母(要介護3)と母(要介護1)のW認知症&遠距離介護。 2013年3月に介護退職し、現在も東京と実家を年間20往復中。認知症サポーター、成年後見人経験者。『ひとりで抱えず、人に頼る。情報発 信し、同じ境遇の人をラクに!』をモットーに、しれっと介護中。著書「医者には書けない!認知症介護を後悔しないための54の心得」「医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得」
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