認知症の母を3年間撮り続けた写真集『DIARY 母と庭の肖像』山崎弘義さんインタビュー

【アイキャッチ】DIARYインタビュー

『DIARY 母と庭の肖像』と題された写真集があります。認知症の母親を約3年間、亡くなるまで、ほぼ毎日撮影し続けたのは、写真家・山崎弘義さん(59歳)。在宅介護を行いながら、撮影し続けた写真の数は、約3600枚。脳血管性認知症を患う母親・いくさんの豊かな表情を捉えた写真集は、見る人の感情を揺さぶると、各方面から注目を集めています。写真集では母 いくさんの写真と庭の写真が対にレイアウトされています。母を介護するようになってから、庭の植物の移ろいに目が行くようになったという山崎さん。撮影の際、何を思ってシャッターを切ったのか、写真集に込められた想いとは――?実際にお会いして、インタビューさせていただきました!

DIARY: 母と庭の肖像

母と自分が生きてきた痕跡を残したかった

明るくて社交的だった母 いくさん・に認知症の症状が現れたのは、1999年頃。近所の家に何度も上がり込んだり、食事したことを忘れたり、日常生活に不安が生じはじめました。それをきっかけに、昼間はヘルパーさんを頼み、平日の夜・土日は山崎さんと妻の純子さんで介護をする生活が始まりました。元々、市役所勤務時代に培った福祉関連の知識があったことや、母が自宅で父を介護していたことなど、色々な条件が重なり、在宅介護の道を選んだといいます。

写真家として、常に撮影対象を探していた山崎さんが、母 いくさんをモチーフに撮影することを決めたのは、自然な流れでした。「介護の先にあるのものは確実に死ぬことで、写真に残さなかったら、母の存在は間もなく誰からも忘れられてしまう。母親と自分がいた痕跡を残したかったのかもしれません」介護がスタートして2年が経った2001年9月から、毎日の撮影がスタートしました。

山崎さんの父と母
父・太三さんと一緒に笑う元気な頃の母・いくさん

「誕生日は?」「父さんの名前は?」記憶が母の中から消えないように毎日尋ね続けた

撮影のタイミングは、朝。毎朝、6時に母を起こして、着替え、朝食、薬を飲んで一息ついたところで撮影が始まります。山崎さん曰く、「毎日の慣れた作業だったので、10分も掛からなかった」とのこと。撮影の時に、いつも母親に尋ねていたことがあるといいます。「名前なんて言うの?」「誕生日は?」「お父さんの名前は?」…とにかく毎日聞きつづけることで、忘れてしまわないようにと、山崎さんは祈りました。毎回、シャッターを切りながら、「この瞬間はいつまで続くのか、今日が最後になるのかもしれない」と自問自答していたと語ります。

DIARYより20020528
作品より 穏やかな表情の母・いくさん(2002年5月28日)

元気でいて。でも、動きまわらないで。在宅介護は葛藤の連続

写真の横には、山崎さんが当時記していた日記の一文が並びます。ある日の日記にはこう記されています。

ヘルパーTさんの連絡ノートに書かれていた言葉。“トイレも自分で行かれ、家の中動き回っています。足腰丈夫になるため、よい事と思います。”今の私はそれについていけない。」

当時、家中をあちこち歩きまわる母を骨折させてはいけないと追いかけ、ティッシュペーパーを食べようとするのを止め、精神的にも、肉体的にも休めない日々が続いていた山崎さん。「ある日、喘息が出たのをきっかけに、母の足腰が一気に弱まったんです。正直、ホッとした部分もありました」本来、求めるべき親の健康を心から願えない自分自信に罪悪感があったといいます。また、別の日の日記にはこうあります。

母の行動にもついていけなくなる。3度ほど無理やり母を抱えてトイレに連れて行ったら、母は「邪険にするなよ」と泣きそうに言う。

淡々と語られる日記の一文から、当時の山崎さんの追い詰められた精神状態、それに呼応するように具合を悪くする母・いくさんの様子が伝わってきます。「在宅介護を続けようか迷う瞬間はあった」という山崎さん。それでも在宅介護を続けたのは、母・いくさんにとって山崎さんが一人息子であり、父の介護で苦労を共にした同志であり、唯一無二の存在だったことを実感していたからだといいます。

DIARYより20040306
作品より 睨むような表情の母・いくさん(2004年3月6日) 

写真を撮ろう。日記を書こう。表現は、心の平穏を取り戻してくれる

最愛の母親が母親でなくなっていく様子を目の当たりにしながらも、山崎さんが自分を保てたのは、写真のおかげでした。「私自身、毎日の撮影という表現行為によって、自身の地平線を確認し、介護することの葛藤から、心の安定を図ろうとしていたのかもしれません」日々のやりきれない想いを、作品として消化させた山崎さん。表現することは、時に介護者の気持ちを救います。「写真集を見た人からの感想で多いのは、『つらい』というもの。親の将来と重ねてしまう、と言われることもあります」「一方で、『お母さん、幸せな最後だったね』と言っていただくこともある」見る人にとって様々な感情を呼び起こす写真集『DIARY 母と庭の肖像』。「介護などで苦しい状況にいる人に、生きるヒントを読み取ってくれたら嬉しいです」一度手にとってみてはいかがでしょうか。

作品より 微笑む母・いくさん(2002年4月25日)
作品より 微笑む母・いくさん(2002年4月25日)

★山崎弘義さんのプロフィール

山崎弘義さんプロフィール画像
山崎弘義(ヤマザキヒロヨシ)
1956年埼玉県生まれ。1980年3月慶應義塾大学文学部哲学科卒。1980年4月市役所に入り広報課配属、初めて一眼レフを手にする。その後、障害福祉課に異動しケースワーカー等を務める。東京写真専門学校夜間部に入学し1987年3月卒業。1986年1月フォトセッション(ワークショップ)に加入、写真家・森山大道氏に師事。’90年代から東京の路上スナップを撮影し、個展・雑誌で発表する。現在、日本写真芸術専門学校非常勤講師。

★山崎弘義 公式サイト ※作品の一部を公開しています!

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認知症ONLINE 編集部

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